写真1.バルヴェニー蒸溜所の遠景:バルヴェニー蒸溜所はグレンフィディック蒸溜所と兄弟蒸溜所でどちらもダフタウンの町にあるが、グレンフィディック蒸溜所が表通りに面しているのに対し、バルヴェニーは通りから離れた谷合にひっそりとたたずんでいる。1892年に建てられたフロアー・モルティングのドイグのキルンはまだ使われている。
写真1.バルヴェニー蒸溜所の遠景:バルヴェニー蒸溜所はグレンフィディック蒸溜所と兄弟蒸溜所でどちらもダフタウンの町にあるが、グレンフィディック蒸溜所が表通りに面しているのに対し、バルヴェニーは通りから離れた谷合にひっそりとたたずんでいる。1892年に建てられたフロアー・モルティングのドイグのキルンはまだ使われている。
ロンドンに本部があるIBD(Institute of Brewing & Distilling: 醸造・蒸溜酒学会)は、主としてビール、蒸溜酒、製麦関係の研究者、技術者が会員の組織で、現在の会員数は世界で4,000人強である。IBDは、8セクションに分かれているが、スコットランド・セクションは場所柄蒸溜酒関係の活動も多く、この7月31日から8月2日までの2泊3日で、スペイサイド研修旅行が行われたので参加した。8蒸溜所と蒸溜所の設備メーカーのフォーサイス社と樽メーカーのスぺイサイド・クーペレージを訪問したので、その中の6か所を3回に分けて報告します。第一回は、ダフタウンにあるバルヴェニーとキニンビー蒸溜所です。
ダフタウン
ダフタウン(現地での発音はダフタン)へは、スペイ川沿いの小村クライゲラキから、車で国道A941を南東方向へ十数分で着く。人口約1600人の小さな町である。現在の町の起こりは、1817年にジェームズ・ダフ伯爵が、自領の発展と、ナポレオン戦争から帰還した兵士達に住居と仕事を確保する目的で建設した。ダフ伯爵が建設した町なので名前はダフタウンである。ダフタウンは蒸溜所の町で、現在、グレンフィディック(Glenfiddich), バルヴェニー(Balvenie),キニンビー(Kininvie), グレンデュラン(Glendullan), ダフタウン(Dufftown)とモートラック(Mortlach)の6蒸溜所が操業しており、町の経済は蒸溜所とその周辺ビジネスで成り立っている。
バルヴェニー蒸溜所
1892年に、ウイリアム・グラントがグレンフィディック蒸溜所の隣接地に建設し、1893年から操業を始めた。当初は初溜釜と再溜釜が1基ずつの小さな蒸溜所だったが、今では初溜釜5基と再溜釜6基を持つ年産700klpaの大型蒸溜所になっている。尚、バルヴェニー蒸溜所と後に述べるキニンビー蒸溜所は、お互いが完全に独立した蒸溜所ではなく、仕込みと発酵まではバルヴェニー蒸溜所で行って、蒸溜だけが分かれている複合蒸溜所の形をとっている。
製麦
バルヴェニー蒸溜所は、1892年に建設されたフロアー・モルティングで麦芽の製造を行っている。今回の蒸溜所訪問ではフロアー・モルティングの見学は無く、詳細は不明だが、別情報では一日に9トンの大麦を使用するというから出来上がる麦芽は約7トン、年間250日稼働すれば約1,750トンの麦芽が生産される。バルヴェニー蒸溜所の麦芽使用量は年間約17,000トンと推定されるのでフロアー・モルティングの麦芽の使用比率は10%程度であろう。Scotch whisky.comによれば15%と言うことであるが、蒸溜所の規模が大きくなっているので、比率が下がっているのかもしれない。それでも、軽くピート燻蒸された自家製麦芽はバルヴェニーの品質に欠かせないとされている。
仕込み
1回の仕込み量は、バルヴェニーが約11トン、キニンビーが10トンで、1回の仕込みは5時間で終わる。バルヴェニー仕込みでは1仕込み当たり約50,000リットル、糖度約16%の麦汁が得られる。麦汁は17℃に冷却して発酵槽へ送る。
写真2.マッシュ・タン:仕込み室には2基のマッシュ・タンがある。奥がバルヴェニーの、手前がキニンビー用の麦汁を生産する。
発酵
発酵槽は、室内に容量50,000リットルの木桶が19基、屋外に100kl(筆者推定)のステンレス・タンクが5基である。発酵用のイーストは、クリーム・イーストで、発酵時間は、バルヴェニーは60時間、キニンビーは75時間、発酵中に温度は17℃から34℃まで上昇する。キニンビーの発酵時間が長いのは、バルヴェニーよりドライなスピリッツを作る為である。両蒸溜所とも綺麗な麦汁を発酵させるので、発酵中は泡立ちが盛んになり、発酵開始から25時間-40時間の間は泡切用のスイッチャーを駆動する。発酵終了時の醪のアルコール度数は約9%である。
蒸溜
バルヴェニー蒸溜所の旧蒸溜室には、容量12,000リッターの初溜釜が3基と同じく容量12,000リッターの再溜釜が3基有ったが、生産増強の為、2011年に新たに初溜釜5基を新設し、旧蒸溜室の6基の釜は全て再溜釜へ転用した。蒸溜時間は10時間、ニュー・メイクの度数は70%である。
初溜釜は、熱効率を向上させ温暖化ガスと冷却水の排出量削減の為、コンデンサーをTVR(Thermo Vapour Recompression = 熱蒸気再圧縮法)方式に改造してある。この方式は、旧来のコンデンサーが蒸発してきたウイスキーの蒸気を液体に戻すのに、冷却チューブの中に冷却水を流して行うのに対し、TVRでは冷却チューブの上から熱水をチューブの壁面に沿って流し、冷却管に当たった高温のウイスキー蒸気の熱で冷却水は蒸発して水蒸気に、ウイスキーの蒸気は冷却水の蒸発熱で熱を取られて液体になるという仕組みである。冷却チューブで蒸発した水蒸気はボイラーから供給される高温の水蒸気で温度を上げ、再度ポットスティルの加熱に使う。この方法で蒸溜に使うエネルギーは25%程度、冷却水は約50%の節減が可能となる。
写真3.バルヴェニー蒸溜所の再溜釜:容量12,000リッターの再溜釜が6基ある。容量9,000リッターの5基の初溜釜は左手の壁の反対側にある。
バルヴェニー・シングルモルトの品質
隣接するグレンフィディックのシングルモルトが、軽く、フルーティー、ドライ、バランスが良いと表現されるのに対して、バルヴェニーは、ミディアム・ボディー、やや重いフルーツ様、スイート、スパイス、充実したフレーバーで、品質評価は高い。スコッチ・シングルモルト販売量のランクも第6位を占めている。
キニンビー蒸溜所
写真4.1990年に操業を開始したキニンビーの蒸溜室の建屋:トタンの屋根・壁で出来た極めて実質的な建物である。
前述のように、キニンビーは仕込みと発酵はバルヴェニー蒸溜所で行い、蒸溜室は別棟を建ててその中に置かれている。建物は、雨風を凌げれば良い、と言った感じの極めて質素であるが、これはキニンビー建設の目的が、バルヴェニーのブレンデッド・ウイスキーへの需要を肩代わりする事にあり、シングルモルトとしての販売ではなかったので、一般見学者へ開放して広報する事を想定していなかった為と思われる。これはキニンビーの評価が低いという訳ではなく、近年販売されたキニンビー17年は一本£200(約37,000円)の値がつけられている。
写真5.キニンビー蒸溜所の蒸溜室:初溜釜(容量14,700リッター)1基と再溜釜(容量8,400リッター)2基が一組となり、それが3組おかれている。
キニンビーの初溜釜1基に再溜釜2基を一組にして蒸溜するやり方は、グレンフィディックと同じであるが、初溜釜容量は30%ほど、再溜釜容量は80%ほど大きく、その分スピリッツは重めになっていると思われる。
ダフタウン駅のトレイン・カフェー
写真6.ダフタウン駅のサイディングス・カフェー:1950年製の使われなくなった客車をカフェーに改造した。サイディング(Siding)は側線の事である。
1862年にキース(Keith)とダフタウンを結ぶKeith and Dufftown Railwayがオープンしたが、ダフタウン駅はその時に作られた。キースは、アバディーンとインヴァネスを結ぶ幹線にあり、キース〜ダフタウン線はキースからの支線として100年以上、人と物資を運んだが、貨物の主なものは、蒸溜所が必要とする大麦、石炭、樽や、出来上がったウイスキーであった。ダフタウン駅には1966年に大麦のバルク・ハンドリング施設が建設されたが、これは主としてイングランドから鉄道で運ばれて来たウイスキー用の二条大麦を受け入れ、蒸溜所へ出荷する設備であった。スコットランドの気象条件で栽培可能な最初の二条春大麦のゴールデン・プロミスが正式に推薦品種に指定されたのは1968年、スコットランドでの栽培は以後徐々に増え、1970年後半にはスコットランドで栽培される春大麦の大半を占めるようになったが、その間スコッチウイスキーの蒸溜所はイングランドの大麦を使用したのである。しかしながら、ゴールデン・プロミス以降、スコットランドで栽培可能な品種の開発が続き、今ではウイスキー用大麦はほぼスコットランド内で自給できるようになっている。
Keith and Dufftown Railway は、1968年以降は貨物専用となっていたが、1984年には貨物も終了し、1991年に路線は閉鎖された。2001年にHeritage Rail Groupが観光列車の運用を始め、現在も夏季は1日片道6便、冬季は2便を運航している。
バルヴェニーとキニンビー蒸溜所の見学後、昼食はダフタウン駅の側線に留置されている古い車両を改造したカフェーで取った。
写真7.サイディングス・カフェーの軽食:スープ、サンドイッチ、マッフィン、苺ムース、コーヒーは全て非常に美味しかった。