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稲富博士のスコッチノート

第79章 最も古いスコッチ・ウイスキー

1:ロスリン・チャペル

「最も古いスコッチ・ウイスキー」という話が時々報道され、いつも感心して記事をみている。この「最も古い」の定義を少し考えてみると、存在が明らかになっているという前提で当てはまるものは2種類あるように思える。

1.樽で最も長い期間熟成されたウイスキー
2.現在から遡って最も古い時代に造られたウイスキー

今回は、この二つのジャンルに関してのトピックである。

70年間樽で熟成されたシングル・モルト
ゴードン・マクフェイル社

エルギン市に1895年から続くウイスキー・ショップ、ゴードン・アンド・マクフェイル(Gordon&Macphail)社がある。古くから優良蒸溜所のニュー・メイク・スピリッツを調達して樽に詰めて貯蔵熟成し、熟成したモルトをシングル・モルトの製品として卸と小売りで販売、また原酒のブローカーとしての業務を行ってきた。ニューメイク、樽の選定と貯蔵管理に定評があり、その品質の評価はつとに高かった。今では、卸、小売り、輸出に加えてベン・ローマッハ蒸溜所を所有するディスティラーでもある。そのゴードン・マクフェイル社が2010年と2011年に70年物(70年間ずっと樽で熟成させたという意味)を発売した。現存する製品としては最も古いウイスキーである。

モートラッハ70年物

2:モートラッハ70年物の樽:鏡の記載は上からCARDINALDESALISはシェリー会社のオーナー?、1938はウイスキーの樽詰年、GeoCowie&SonLtdは当時のMortlachのライセンスを所有していた会社名、MORTLACHは蒸溜所名、ROYALSHERRYCoはシェリー会社の名前、Jerezはシェリーの原産地、55は容量が55ガロン=249リッターであることを示す。
Acknowledgement:
http://www.gordonandmacphail.com/

2010年3月のことである。ゴードン・アンド・マクフェイル社は同社で貯蔵していた70年物のモートラッハ蒸溜所のシングル・モルトを瓶詰・発売した。モートラッハ蒸溜所はダフタンに現存する6つのモルト蒸溜所の中で最も古い。その特殊な2.5回蒸溜法※とスピリッツの冷却に古い形のワーム(Worm=蛇管)を用い、非常に複雑な香味で知られる。
このシングル・モルトが蒸溜されたのは1938年10月15日。使われた樽はロイヤル・シェリー会社のシェリー・ホックスヘッドで、実際に樽を見た人によると非常にしっかり作られた樽だったそうである。

ウイスキーは70年間の熟成後2008年10月15日に樽度数のままで瓶詰めされたが、度数は46.1%まで低下していた。瓶は次に述べるザ・グレンリベット(TheGlenlivet)70年と同じ涙滴型で、キャップは銀製である。700ml入り54本と200ml入り162本が発売された。
発売価格は700mlが£10,000(172万円!)、200mlが£2,500(43万円!)であったがすぐに売り切れたという。小さなホッグスヘッド樽一丁の売り上げが1億6千万円になった訳だが、発売後も人気が高く、現在は700ml一本が£17,500(300万円)でオッファーされている。
ところで気になる味はどうだったか。高名なウイスキー・ライターのチャーリー・マクリーン氏によると「香りはワックス、キャンドル、マラスキーノ・チェリー、フレッシュ・オレンジ、アプリコット・ジャム、アーモンドとエニシダの花様。味はこの年数にしては驚くほど若々しく、スムース、ややワックス様で当初甘く感じるがドライに変化、干しイチジク、たばこ様で心地よいスモーキーがある」とされている。

ザ・グレンリベット70年物

3.ザ・グレンリベット70年物700mlのボトル:1940年2月に蒸溜・樽詰め、2010年に樽度数の45.9%で瓶詰めされた。キャップと瓶の台座は銀製、箱はスコットランドの楡で、「威厳」の花言葉がある。
Acknowledgement:
http://www.gordonandmacphail.com/

モートラッハ70年物が発売された翌年の2011年3月、ゴードン・マクフェイル社は第二弾の70年物、ザ・グレンリベット70年を発売した。このウイスキーが蒸溜・樽詰めされたのは1940年2月3日というから大二次世界大戦の初期で、イギリスがナチス・ドイツの攻勢に必死の防戦に追われていた時期である。樽は110ガロン(490リッター)のシェリー・バットのファースト・フィル。70年後の2010年に瓶詰めされた。
初回に発売されたのは700mlが100本と200mlが175本。価格は700mlが£13,000(約220万円)、200mlが£3,200(約55万円)であった。

マクリーン氏によると、アロマは「顕著なシェリー、レザー、わずかにキャンドルのワックス様、フルーティー(焼きリンゴ)、フレッシュ・オレンジ・ジュース、一条のスモーキー。味は、始めに甘味、やや塩味、‘umami’。後味は長く微かにスモーキーが残る」という。

150年前のグレンアーン(Glenavon)蒸溜所シングル・モルト

4.Glenavonシングル・モルト:ボトルはグリーンでやや小型の400ml。度数は不明。ラベルには「Glenavon Special Liqueur Whisky Bottledbythe Distillers」とあるだけで、樽に詰めた年月日や熟成年数は記載されていないが、1851年から1858年の間に瓶詰めされたと思われる。
Acknowledgement:
http://news.bbc.co.uk/1/hi/6194442.stm

2006年11月のことである。グレンアーン蒸溜所のシングル・モルトがロンドンでオークションに出品された。出品したアイルランドの一家によると、自分達の家で数代に亘り保管されていた、という。
グレンアーン蒸溜所は、スペイサイドのバリンダロッホ(Ballindalloch)にあったと推測されていて、ザ・グレンリベット蒸溜所のジョージ・スミスの息子のジョン・スミスが免許を持ち1849年から操業していた。グレンアーンはトミントール(Tomintoul)にあったデルナボ(Delnabo)蒸溜所と同一ではないかとも考えられているが、このデルナボは1858年に閉鎖されているので、このグレンアーン・シングル・モルトは1858年以前に蒸溜所で瓶詰めされたと思われ、オークションの行われた2006年には瓶詰め後ほぼ150年に達していた。蒸溜年や貯蔵年数は不明であるがこのウイスキーは現存する最も古いウイスキーとしてギネス・レコードに登録されている。
オークションでの落札価格は£14,850というから、日本円で約255万円であった。

500年前のウイスキー

5.ロスリン・チャペル西側ゲート:ロスリン・チャペルは 1446年建てられた。一時、荒廃するままに放置された時期が あったが、19世紀から修復されその精緻な内装と多くの彫像で 知られる。古くからホーリー・グレイル伝説があり、ダン・ブラウンの ダビンチ・コードの舞台ともなった

150年前のウイスキーは凄いと思ったが、一昨年それをはるかに上回る古いウイスキーが発見され、スコッチ・ウイスキーの歴史に画期的なページが加わった。
発見は偶然であった。ホーリー・グレイル(HolyGrail)は聖杯と訳され、キリストが最後の晩餐の時にワインを入れ、‘これは私の血である。皆で飲みなさい’と言って使徒達に回した盃か、十字架にかけられたキリストから滴った血を受けたカップとされ、それに触れたり近づくだけですべての身体的、精神的問題がたちまち解消する霊験あらたかな杯と信じられている。世界各地でここにあるという伝説は多いが未だに見つかっていない。かねてから中世にイギリスにもたらされ、エジンバラの南数マイルにあるロスリン・チャペルに隠されているという説が有力であった。

2011年の春頃、ホーリー・グレイルを探していた考古学者、歴史学者、化学者からなる調査団がロスリン・チャペルで発掘調査を行った。古文書に暗示されているチャペル西側の空き地を発掘したところ、地下3メートルの所から一つの石棺が見つかった。棺の中はびっしり砂が詰まっていたが、丁寧に砂を取り除いてゆくと一人の男性の骸骨が現れ、副葬品と種々の伝承から埋葬されていたのはファイフ北西ニューバラ(Newburgh)にあるリンドース修道院(LindoresAbbey)の僧ジョン・コール(FriarJohnCor)に間違いないとの結論に達した。
良く知られているように、スコッチ・ウイスキーに関する最も古い記録は1494年のスコットランド王室の出納簿に記されている、「ジョン・コールにアクア・ヴィタエを作らせるためにモルト8ボールを支出」である。リンドース修道院は、12世紀に建立された由緒ある僧院であるが、16世紀中ごろの宗教改革時に破壊され現在は廃墟となっている。

6.リンドース修道院跡:12世紀に創建された壮大なティロネンシアン派の修道院で、20数名の修行僧が祈りと農作業の日々を送っていた。この写真の撮影日は3月12日だったが、今冬のスコットランドが暖冬だった為か季節外れのヘザーの花が咲いていた。

なぜジョン・コールがロスリン・チャペルに葬られたか。いきさつは不明なところが多いが、1494年にウイスキーを造ったジョン・コールは、その後完成したばかりのロスリン・チャペルへ巡礼の旅に出た。彼は、いつものように自分が蒸溜したウイスキーを木製のフラスコに入れ携行していた。チャペルまであと数マイルまで来た時にジョン・コールは悲運に見舞われる。ローカルの暴漢に襲われて命を落としたのである。遺骸は、近隣の教会の僧や住人達によってロスリン・チャペルに運ばれ丁重に埋葬された。

7.ジョン・コールの遺骸と発見された木製のフラスコ:慎重に砂を取り除いて行くと木製のフラスコが現れた。期待したホーリー・グレイルは見つからなかったが、最古のウイスキーの発見となった。
Acknowledgement:
The Whisky Exchange

発掘チームが当初期待したホーリー・グレイルは発見されなかったが、ジョン・コールの棺に副葬されていたフラスコは鑑定のためにロンドンの王立考古学研究所に送られた。まず容器のフラスコはオーク製で、放射性炭素年代測定、付着していた花粉の分析から15世紀のものであり、ジョン・コールの時代と一致する。またフラスコ内に残っていた液体はごく少量だけ採取が許され、放射性安定同位体分析からモルトを原料としたスピリッツと判明した。520年前のウイスキーの発見であった。
この最古のウイウスキーを再現する試みも行われた。協力したのは、ヴィンテージ物のウイスキーを豊富に取り揃えていることで知られるロンドンのザ・ウイスキー・エクスチェンジ社である。同社の品質鑑定のエキスパートと高名なウイスキー・ライターのデーブ・ブルーム氏は、サンプルをノージングしその記憶を元にヴィンテージ・ウイスキーのコレクションから選んだモルトをブレンドしてジョン・コール・モルトを再現した。
容器のフラスコは、湿地から掘り出された古いオーク材を使い、最新の3D-プリンターを使ってジョン・コールの木製フラスコのレプリカを作成した。

8.ジョン・コール・モルトのレプリカ:ウイスキーは、ウイスキー・エクスチェンジ社秘蔵のモルトをブレンドした。作られたのは100ml入り一本だけ。同社は、真面目に購入を希望する人の申し込みは受けたい意向である。
Acknowledgement:
TheWhiskyExchange

ロスリン・チャペルで発掘された元のフラスコはどうなったか。スコッチ・ウイスキーは、スコットランドの国、文化と産業のシンボルである。スコットランド独立の機運もある現在、スコッチ・ウイスキーの元祖ともいうべきこの貴重な歴史遺産がイングランドにとどまることは許されず、スコットランドへ送り返された。永遠に留まる所はやはりジョン・コールの腕の中であり、棺と共に再度丁重に埋葬された。式には、スコットランド第一大臣、文化大臣、産業大臣、スコッチ・ウイスキー関係のトップの面々、プレス、歴史学者等多数が参列、AuldLangSineの曲が流れる中スコッチ・ウイスキーの父ジョン・コールの偉業を偲んだ。

謝辞:「500年物のウイスキー」の項の内容、写真の引用を許可いただいたThe Whisky Exchange社のSukhinder Sing社長に御礼申し上げます。

※2.5回蒸溜:醪の一部を通常の二回蒸溜法で蒸溜し、残りの醪は二回以上蒸溜する方法で全体を平均すると約2.5回蒸溜されている計算になる。モートラッハ以外にも、スプリングバンク蒸溜所とベンリネス蒸溜所で行われている。以前は、通常の2回蒸溜の蒸溜所でも、初溜と再溜時の余溜を一つの溜液タンクに受け入れていた蒸溜所があり、蒸溜のタイミングで再溜釜にいれる溜液のアルコール度数が低く、蒸溜してもスピリッツの度数が低くて本溜液が取れない場合があった。この場合、蒸溜はブランク蒸溜となり、溜液は再度再溜されたので、厳密には二回以上蒸溜されたことになる。

モートラッハの場合は、非常に複雑でディジオ社の元技術担当の役員が「何度説明を受けても理解できない」と嘆くほどである。計算のベースを溜液の容量で計算するか、アルコール量で計算するかで数字は異なると思われるが、簡単には2回以上3回未満ということである。
詳細は下記のWebsiteにある。
http://whiskyscience.blogspot.co.uk/2012/03/triple-distillation-in-scotland.html

参考資料
1.RosslynChapel.TheEarlofRosslyn
2.Newburgh.HistoricTrail.L.K.Pinfold,2011
3.http://www.gordonandmacphail.com/
4.http://www.gordonandmacphail.com/generations/generations-mortlach-distilled-1938-strength-46.1-205.html
5.http://www.gordonandmacphail.com/gordon-macphail/our-news/exclusive-glenlivet-70-year-old-malt-and-the-lifetime-of-one-of-scotlands-most-iconic-whiskies-revealed.html
6.http://www.thewhiskyexchange.com/selection/mortlach_70_yo_1938_whisky.aspx
7.http://bews.bbc.co.uk/1/hi/6194442.stm
8.http://blog.thewhiskyexchange.com/2013/04/whisky-holy-grail-uncovered-in-scotland/