Orkney島Balony Millsの水車 かつて蒸溜所ではこのような水車が動力として用いられた。18世紀に造られたこの製粉小屋の水車はいまでも現役で、石臼で粉を挽いている
仕込は英語ではマッシング(Mashing)で、“すりつぶす"とか“どろどろにする"の意で、その目的は原料麦芽の栄養分を抽出・液状化・分解して、酵母が利用出来るようにする事であり、工程の概略は、 麦芽を粉砕→温水と混合してマッシュをつくり澱粉やたんぱく質を分解する→マッシュを濾過して麦汁を得る→麦汁を冷却して醗酵槽へ送る→仕込槽に残った麦芽粕を排出する、 となり、通常1回の作業は6-8時間を要する。
モルトウイスキーはモルト(麦芽=Malt)だけを原料として仕込が行われる。 麦芽は大麦を数日間発芽させてから乾燥したものである。いってみれば大麦の萌やしだが、外見的には芽が出ている訳でもないので原料の大麦とほとんど変らない。しかしながら、その内容はウイスキーやビールの原料として理想的且つ魔術的ともいえる特性に変化している。すなわち、後の醗酵の過程でアルコールの素となる澱粉質が豊富であり、酵母の栄養となるアミノ酸をバランス良く含むたんぱく質、ビタミン類やミネラル分に富んでいる。そして何よりこれらの澱粉やたんぱく質を分解して酵母が利用できる糖分やアミノ酸に分解してくれる強力な酵素力を含んでいるのである。醗酵には利用されない穀皮の部分も麦汁を濾す濾材として無くてはならないものである。麦芽の特性がフルに利用されると言ってよい。
粉砕麦芽
篩いにかけて分級したところ
まずは麦芽を粉砕する。古くは人力、家畜、水車などを動力とした石臼が使われたが現在は金属製のローラーをモーターで駆動する形式である。その仕組みは、反対方向に回転する2本ローラーが2組あり、麦芽はまず1組目のローラーの間の細い隙間を通過する時に砕かれた後、粗い部分は再度2組目のローラーで粉砕される。どの程度に粉砕するかは仕込にとって非常に大切なポイントで、粗すぎると収率は低下するし、反対に細かすぎると濾過が難しくなる。粉砕の目安は粉砕麦芽を篩いにかけて3分した時重量比で、細かい粉のフラワー(flour)部分が約10%、中間のあらびき部分(grist)が約70%、最も粗く穀皮が多い部分(husk)が約20%とされている。
スコットランドの水
ピート層を潜り抜けてきた水は茶色に着色していて、Peaty waterと言われている。(Mull島Tobermory蒸溜所の裏を流れる水路)
麦芽が粉砕されたら、仕込にかかるが、その前に使用する温水を調整する必要がある。この温水は前回の仕込の濾過の時に最後に得られた濾液だが、元は蒸溜所が最も大切にしている水源のものである。スコッチモルトウイスキーの品質が蒸溜所によって大幅に異なるのはスコッチの大神秘の一つで、長年その原因はこの仕込水にあると考えられてきた。近年の研究によって、モルトの品質の決定要因が少しずつ解明されるにつれて、「水」以外の重要な条件が次第に分かるようになり、「水こそ我が命」説はかってよりは力を失ったが、大切な事には変りはない。一般的に、理想的な仕込水は「花崗岩を通り、ピート層から湧き出した水」とされていて、ピート層を通った時に茶色に着色しているものが多い。蒸溜所へ行くと、「うちの水はピーティーだからウイスキーもピーティーだ」という説明がよくされるが、この辺りの因果関係はよく分かっていない。今後の研究が待たれるところである。
仕込槽の内部
底部には網目状の濾板がぎっしりと敷かれている。中心から左右に伸びる攪拌機のアームには垂直のナイフが付いていて、これで麦層を切ったり、仕込の最後に残った麦粕を排出する
仕込槽(Mash tun)は円形の大きな容器で、底板の上には網目状の濾板が敷かれている。この濾板はマッシュ中の穀皮などの固形分を分離する為のものである。内部には攪拌機がついているが、これはマッシュの攪拌や後に残った麦粕を排出するのに使用される。又上部には粉砕麦芽と温水を混合する混合機(Mashing machine)があり、全体はカバーで覆ってある。カバーの下にはシャワーが取り付けられている。
Bowmore蒸溜所の仕込槽
右手上方の円錐形の容器が粉砕麦芽のホッパー。その下の円筒状のものが麦芽と温水を混合するMashing machine
Mash in
粉砕された麦芽が温水と混合され仕込槽に入っている様子。Mashの温度は澱粉の糖化が最もよく進む63℃にセットされている。
まず粉砕麦芽を仕込槽の上部に乗っている混合機で約70℃の仕込水とよく混ぜ合わせながらどろどろした粥状のマッシュにして仕込槽に投入する。混合後のマッシュの温度が丁度63℃になるように厳格に管理する事が大切であるが、これはこの温度で糖化が最もよく進むからである。仕込槽に入ったマッシュは中の攪拌機でゆっくりざっと混合し30分程静置する。この間に澱粉やたんぱく質の分解が進み、又麦芽の穀皮部分が仕込槽の底に沈殿して30cm程の濾層を形成するので、頃合を見て仕込槽出口のバルブをゆっくり開けると、濾層で濾過された麦汁が流れ出す。この麦汁の温度を冷却機で20℃(夏季)-23℃(冬季)に冷却して醗酵槽へ送る。濾過の時急激にバルブを開けると、水圧で濾層が硬く締って濾液が全く流れなくなるので要注意である。昔ある蒸溜所で、新任のマネジャーが現場の作業員に、“もっと早くやらんか。こうするんだ"、と言って自分でバルブを全開したところ、完全に目詰りを起こしてニッチもサッチモ行かなくなり、大いに面目を失墜したという話がある。
順調に濾過が進行して、仕込槽内の液面が下がり、そろそろ濾層が見えそうになると仕込槽のカバーの下に取り付けられたスプリンクラーから液面に向って均一に80℃くらいのシャワーを浴びせ、濾層に残っている麦汁を押し出して行く。最後にはシャワーの温度を90℃程度に上げるが、このステージで出てくる麦汁の糖分は非常に低いので、醗酵槽には送らず温水タンクへ回収して次回の仕込に利用する。このような一つだけの仕込槽を利用して麦汁を製造する方法を Infusion法(抽出法)といい、マッシュは加熱沸騰される事がないので、麦汁中の酵素力が残り、澱粉の糖分への分解は次の醗酵に移っても進行する。ウイスキー用の麦汁のアルコール分の生成効率が高いのはこの為である。
麦汁
13-14%の当分を含み、アミノ酸、ビタミンやミネラル分も豊富。麦汁の濃度はこのような比重計で測定する。
醗酵槽へ送られた麦汁には主な糖類としてブドウ糖、ブドウ糖が2ケ結合した麦芽糖、3ケ繋がったマルトトライオース、その他の多糖類等13-4%の糖分が含まれていて、飲んでみると穏やかな甘味を持っている。その他アミノ酸、ビタミン、ミネラルを豊富に含み、酵母にとっては完全な栄養バランスである。粉砕や濾過の仕方によって麦汁は清澄になったり、すこし濁り成分を含んだりする。一般的に言って、清澄な麦汁からは軽くてエステリー香の高いウイスキーが出来、やや濁り成分を含む麦汁を醗酵させるとエステル成分が減り穀物様の香味が勝ったウイスキーになる。これは濁り成分に含まれる脂肪酸が醗酵中に酵母がエステルを生成するのに影響を及ばす為である。どのようなウイスキーをつくりたいかによるが、清澄度、濁り度どちらも度を超すと香味のバランスが悪くなるので注意がいる。この辺りのメカニズムは日本酒の吟醸酒か非吟醸酒かと共通するものがあり興味深い。