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稲富博士のスコッチノート

第116章 アイラ島蒸溜所総巡り−1.アイラへの道とカリラ蒸溜所

写真1.アイラ・フェリーのIslay of Allan号:アイラ島へのフェリーはスコットランド本土、キンタイヤ―半島(Kintyre Peninsular)中頃にあるケナクレイグ(Kennacraig)から出港する。写真は船首を上げ、車両を搭載するデッキを開いて桟橋に接岸しようとしている所である。

今年の3月10日から12日にかけて、IBD(英国醸造・蒸溜学会)のスコットランド支部が主催するIslay島の9蒸溜所と1製麦工場全部全てを巡るツアーに参加した。ツアーの参加者は、中型バスの定員の25名。英国のスコッチウイスキーやビール関係者とヘリオット・ワット大学のICBD(国際醸造・蒸溜研究所)の大学院生や、ヨーロッパのビールや蒸溜酒メーカーから数名が参加していたのはアイラ・ウイスキーに対する関心の高さを覗わせる。

折しも、既にヨーロッパでは拡大していたコロナ禍が英国にも伝染した時期で、英国が全土のロックダウンを決めたのは3月23日、後に“ジョンソン首相は2週間遅れた“と非難されたので、ツアーがキャンセルされてもおかしくなかったがギリギリのタイミングで実施された。

図1.アイラの蒸溜所マップ:アイラは淡路島と同じほどの面積で、人口は約3千3百人、ポート・エレンとボウモアが主な町である。モルト蒸溜所が9カ所、蒸溜所に麦芽を供給する製麦工場が一つある。歴史遺産と自然に富み、ベブリディス諸島のジェム(宝石)と言われる。

アイラ・ウイスキー

アイラ島でいつウイスキーが始まったかよくわからないが、スコットランドの中で最も古いと思われている。確証はないがスコッチウイスキー造りの技法は北アイルランドから伝わったと思われるので、北アイルランドに近いアイラで古くから蒸溜が行われて来たと考えるのは自然である。最初は農家が自家用に蒸溜したらしいが、やがて冬場の稼ぎの手段として農家が密造し、漁師がグラスゴー周辺へ密輸することは、生きてゆく上で欠かせないものになった。18世紀になるとライセンスを持った蒸溜所が操業を始め、現存する蒸溜所の中で最も古いと言われるボウモア蒸溜所は1779年の創業である。19世紀前半には現存する9蒸溜所の他15の蒸溜所があったことが記録されている。

アイラへの道

今回のツアーの移動手段はバスである。バスはエジンバラ、スターリング、グラスゴーの集合地点で順次参加者を拾ってIslayへ向かう。グラスゴーからアイラ島のポート・アスケイク(Port Askaig)まで距離にして約220㎞、本土側のケナクレイグからのフェリーの時間を入れて約6時間である。

グラスゴーを出て高速道路M8を西に進み、20分くらいでM8を離れて北に向う。クライド川に架かるアースキン橋を渡り、国道A82 を西方に取ると、すぐ左にオーヘントッシャン蒸溜所がある。このビームサントリー社のモルト蒸溜所は、ローランドの伝統的3回蒸溜法を守り、Clean, gentle, delicate, softだが深く複雑な味わいを持っている。その後10分程でダンバートン市の北を抜けると右手にペルノ社のキルマリッド・ブレンド・ボトリング・プラントが見える。ダンバートンの旧市街にあったバランタインのブレンド・瓶詰工場が手狭になったために新設したもので、1977年から操業を開始し、現在バランタイン、シーバス等、1千数百万ダースを製造するヨーロッパ随一のボトリング・プラントである。

キルマリッドを過ぎると道はローモンド湖の西岸に沿って北上、ターベットでA83 に入りロング湖(Loch Long)とファイン湖(Loch Fyne)の湖頭を回ってインヴァラリー(Inveraray)の町に入る。町の入り口右側にはスコットランド最強のクランと云われたキャンベルの長であるアーガイル公爵の居城、インヴァラリー城がある。町中のロッホファイン・ウイスキーはウイスキーのスペシャリスト・ショップで、レアウイスキーのコレクションで知られている。
その後、バスはファイン湖の西岸に沿って南西に向いフェリーの出発地点であるケナクレイグに至る。グラスゴーから約170㎞、2時間半であった。

ケナクレイグはキンタイヤ半島北端近く、West Loch Tarbert(西ターバート湖)にあるフェリー・ターミナルで Islay島と周辺の小島を結ぶフェリーが発着する。フェリー・ターミナルといっても車が100台くらいのスペースと簡易なオフィス・ビルがあるだけでいささか殺風景である。乗船したフェリーは冒頭写真のIsle of Arran号、Ro-Ro型の貨客船で総トン数約3300トン、1983年にグラスゴー市の西、クライド川南岸にあるPort Glasgowで建造された。最大、乗客約450人と車約80台を乗せることが出来る。船は、スコットランド西海岸と西方の主要な島々を結ぶ航路を運航しているカレドニアン・マックブレイン社(Caledonian MacBrayne)の所属で、会社のオーナーはスコットランド政府である。

出港すると、フェリーは細長い西ターバートで湖を抜けジュラ海峡へ入る。あいにく強い低気圧が来ていて天候不順、そうとう揺れると予想されたがそれほどでもなく、2時間少々でアイラ海峡に面したポート・アスケイクに着いた。

写真2.ポート・アスケイク:アイラ島の東海岸は切り立った崖が続くが、その中の少しばかり開けた土地にフェリーの桟橋、ライフボート基地、ホテル、ガソリンスタンド他10軒ばかりの家があるだけでいささかうら寂しい。

カリラ(Caol Ila)蒸溜所

最初に訪問した蒸溜所はカリラ蒸溜所である。ポート・アスケイクから10分ほどで着く。蒸溜所名のCaolはゲール語の‘狭い、海峡’、Ilaは‘アイラ’を意味するので、蒸溜所名を日本語訳するなら‘アイラ海峡蒸溜所’となる。アイラ海峡は、アイラ島と海峡の反対側のジュラ島の間の長さ約30㎞、幅1.5㎞狭い海峡で、潮の流れが速く潮流は10ノットに達する。Caol Ilaはカリラと記名されるが、そのローカルな発音は‘Cuul eel-a’である。

蒸溜所は1846年にグラスゴーの蒸溜業者、Hector Hendersonが創立、1863年にはDistiller & BlenderのBulloch, Lade & Co. が購入した。あのAlfred Barnardは1885年から1887年の間にカリラ蒸溜所を訪問し、フロアー・モルティングのKilnでは100%ピートだけで麦芽を乾燥させていること、仕込槽の能力は1仕込み当たり7.7トンで、2基のPot stillがあり年間約450KLを製造していること、品質の評価は高く、蒸溜シーズンの前に予約が一杯になることを記している。Bulloch, Lade & Co.は有力会社だったが、第一次大戦後の不況とアメリカの禁酒法の影響に耐えられず1927年に破産しDCL(現Diageo)の傘下に入った。DCLは1972年にオリジナルの蒸溜所を取り壊して新しく蒸溜釜6基の蒸溜所を建設した。現在の生産能力は6,500KLで、アイラで最大の蒸溜所である。現在の蒸溜所の設備・プロセスの概要は下記の通りである。

  • ● 原料麦芽:ノン・ピーテッドとフェノール値35PPMのヘビリー・ピーテッドを生産計画によって使い分ける。

  • 写真3.仕込槽:全ステンレス製のフル・ラウター型、1仕込み12-13トン、サイクル・タイム6時間である。

    ● 仕込み:標準的な一仕込みの麦芽量は12トンで、1日4仕込みが可能。仕込みのサイクル・タイムは6時間。麦汁は、ファインと言われる麦芽の細かい固形分を含んだ濁り麦汁と、ファインを含まない清澄麦汁の2種類を製造する。麦汁の清澄度と発酵時間の長短の組み合わせで、出来るスピリッツのフレーバーが大きく異なるので、作りたいタイプによって作り分ける。

  • 写真4.発酵室:実容量約60KLの木桶の発酵槽が8基。発酵槽の上部には、泡切り用のスイッチャーを回転させるモーターと発酵中に発生する炭酸ガスを屋外に排出するベンチレーターのファンが置かれている。

    ● 発酵:使用酵母はマウリ社のクリーム・イースト(培養した蒸溜用酵母を、クリーム状にしたもの)。発酵時間は55時間の短時間発酵と110時間の長時間発酵の2レベル。濁り麦汁を短時間発酵させた醪を蒸溜すると、ナッツ様、穀物様、スパイス様といった特徴のスピリッツが、清澄麦汁を長時間発酵させた醪を蒸溜すると、軽く、エステリーで洋梨やリンゴの香りのスピリッツが出来る。発酵終了醪のアルコール度数は8-9%である。

  • 写真5.蒸溜室:初溜3基、再溜3基のポット・スティルをアイラ海峡に面した広いガラス窓に沿って一列に並べている。ポット・スティルの 形状はプレーン。

    ● 蒸溜:初溜釜(15KL)3基、再溜釜(10KL)3基、加熱は蒸気、コンデンサーはShell & Tube。蒸溜時間は初溜約5時間、再溜は6時間、再溜のカット範囲を狭くとっているのでスピリッツはクリーンで、スモーキーも軽めになっている。

コンデンサーの化学

写真5のコンデンサーの色が、上部は黒褐色、それから赤銅色で、下に行くほど薄くなり下部ではピンクになっているのが分かるが、これは蒸溜釜から出てくる高温のウイスキーの蒸気が当たる上部は銅の酸化が進んで黒色の酸化第二銅になり、その下のところは、ウイスキーの蒸気が冷やされて液化し温度が下がるので酸化度は赤銅色の酸化第一銅にとどまり、コンデンサーの最下部は液化したウイスキーで満たされていて温度は冷却水の温度と同じなので銅金属の色に近い。コンデンサー内部で起こるウイスキーの蒸気とコンデンサーの銅の反応はウイスキーのフレーバーのタイプを決める最も大事な反応だが、その様子が外側でも見えるようで興味深かった。

スコッチのモルト蒸溜所は、歴史的に、蒸溜所固有の品質を決めているのは立地や仕込み水に水質であると考えてきたこともあり、その品質を遵守することを信条としてきた。これはシングルモルト製品やモルトを他社と取引する場合に必須であるが、カリラのようにモルトはずっと自社のブレンド用に使われてきたので、自社の必要に応じてタイプの異なるウイスキーを作り分けるというフレキシブルな操業をしてきたと思われる。近年、自社のブレンデッド・ウイスキーのブレンド用のモルトを製造する大規模なモルト蒸溜所が建設されているが、こういった蒸溜所ではカリラのように麦芽のスペックやいくつかの製造モードを組み合わせることで何種類かのモルトを製造するようになった。

  • 参考資料
  • 1. https://www.ballantines.ne.jp/scotchnote/106/index.html
  • 2. https://en.wikipedia.org/wiki/Caledonian_MacBrayne
  • 3. https://scotchwhisky.com/magazine/features/25668/islay-s-turbulent-whisky-history/
  • 4. https://scotchwhisky.com/whiskypedia/5894/bulloch-lade-company/
  • 5. Barnard, Alfred (1887). 1969 Edition by Latimer Trend & Company Limited for David & Charles (Publisher) Limited.