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稲富博士のスコッチノート

第131章 アイルランド再訪―2.ティーリングとダブリン・リバティーズ蒸溜所

写真1. ティーリング蒸溜所:2015年に、ジャック・ティーリング(Jack Teeling)と弟のスティーブン・ティーリング(Steven Teeling)によって、ダブリンのニュー・マーケットに創立された。1976年にダブリンで最後まで操業していたジョン・パワー蒸溜所が閉鎖されてから約40年の空白を経てダブリンに蒸溜所が復活した。

本章と次章では、現在ダブリンで操業している4つのウイスキー蒸溜所を紹介する。今回はその内のティーリング蒸溜所(Teeling Distillery)とダブリン・リバティーズ(Dublin Liberties Distillery)の2蒸溜所の訪問記である。

ダブリン蒸溜所の盛衰

アイリッシュ・ウイスキーの歴史の中で、19世紀の終わりは黄金期で、主要な生産地は、ダブリン、コーク、ベルファースト、デリーであった。中でも、アイルランド共和国の首都、ダブリンは6蒸溜所を擁し、その内のジェムソン(John Jameson), ジョージ・ロー(George Roe), ジョン・パワー(John Power), ウィリアム・ジェムソン(William Jameson)の4蒸溜所は、その品質の高さと合計した蒸溜能力が9,000KLにも及ぶ規模の大きさで世界のウイスキー市場を制覇していた。

20世紀に入るとアイリッシュ・ウイスキーは急激に衰退するが、ダブリンのウイスキーも同じ運命をたどる。その背景には、アイルランドの英国からの独立運動により、英国と英連邦の市場から締め出された事、アメリカの禁酒法で米市場を失った事(アイリッシュ・ウイスキー業界には、禁酒法時代でも隣国のカナダやカリブ海諸国へ輸出し、米国へこっそり密輸して儲けていたスコッチ・ウイスキーの抜け目の無さがなかった)、大恐慌時代、品質とブランド保護の基本となる瓶詰製品での出荷を軽視し、それまでのニュー・メイク(未貯蔵のウイスキー)をバーやブローカーに樽売りする商売を続けたが、これらの業者の多くが消費者には熟成不足やアルコール添加などのインチキをされた酷い品質のものをアイリッシュ・ウイスキーとして売ったので消費者の信頼を失った事、ブレンデッド・ウイスキーが主流になっていたにもかかわらず、ダブリンのビッグ4を始め主要会社はグレーン・ウイスキーとのブレンドを拒み、ポット・ウイスキーに固執した事、販売低下に生産と在庫の圧縮を続け、禁酒法が撤廃されて米市場が開放された時には売るウイスキーが無かった事(数年前から禁酒法の撤廃されることを読んで、在庫を積み増していたスコッチ・ウイスキーの先見性を持たなかった)、1921年のアイルランド独立後のアイルランド政府による増税で痛めつけられた事が挙げられる。前章で述べたが、1966年から1987年まではアイリッシュ・ウイスキーの製造業者は1社のみ、蒸溜所は同社が所有するブッシュミルズとミドルトンの2蒸溜所のみとなっていた。

アイリッシュ・ウイスキーの再興は1987年に、ジョン・ティーリング(John Teeling、Jack とSteven の父親)がクーリー(Cooley)にある政府のアルコール工場を買い取り、Whiskey Distilleryに改修して生産を始めた時に始まった。ジョン・ティーリングはキルベッガン(Kilbeggan)蒸溜所も買い取り、当初はCooley蒸溜所で蒸溜した初溜液を搬入して再溜だけしていたが、2010年に仕込みから再溜まで全ての工程を行えるようになった。John Teelingがアイリッシュ・ウイスキーの中興の祖と言われる所以である。その後のアイリッシュ・ウイスキーの発展については既に前第130章に述べた。

Teeling蒸溜所

前述のごとく2015年に操業を始めた新しい蒸溜所である。現在のオーナーはジャックとスティーブンの二人のティーリング兄弟であるが、ティーリング家は18世紀にすぐ近くで小さな蒸溜所を経営していた蒸溜一家である。ジョンが、滅亡寸前と言われたアイリッシュ・ウイスキーを復活させたいと思ったのは、彼には古いダブリンの蒸溜業者としての血が流れていたからに違いない。

所在地
蒸溜所はダブリン市内のリバティーズ(The Liberties)地域のNew Market通りに面している。リバティーズ地域は, 12世紀に建設された城壁の西側に位置し、その名前の通り、長年城壁内にあったダブリン市の行政から相当の自治権を維持していた。伝統的にギネスの醸造所、ウイスキーの蒸溜所、紡績工場、リッフィー川の遊覧、行商、自営業で働く労働者階級の街である。1970頃にギネスで働いていた友人によると、当時のリバティーズは「超リッチなビール会社と超貧乏な労働者の街」と言っていたが、当時ヨーロッパの最貧国と言われたアイルランドは1990年から奇跡の発展を遂げ、リバティーズも、今では生活水準も大幅に上がり、自由な庶民文化が豊かな街になっている。因みに2022年のIMFの統計ではアイルランドの一人当たりGDPは10万3千ドルで、1位のルクセンブルグ(12万7千ドル)、2位のノルウェー(10万6千ドル)に次ぐ第3位の地位にある。我が日本は第32位の3万3千ドルである。

蒸溜所
蒸溜所のビジョンは、高品質のダブリン・ウイスキー再興であるが、古い時代の再現ではなく、新しい技術を導入することで現在の要求に応える姿勢が伺われる。蒸溜設備や製法は伝統的というより革新的と言える。

蒸溜しているウイスキーは、シングル・モルト(Non-peatedとPeated麦芽を使用)、ポット蒸溜スピリッツ(未発芽の大麦と麦芽を原料にして製造)で、熟成には、バーボン、デメララ、ポートの空樽を使用する等クラフト性の高い物づくりをしている。

一方において、環境問題に対して積極的に対応をしており、省エネルギー、省水に工夫が見られる。蒸溜の温水は仕込み水に使用するだけでなく、ビジター・センターの暖房に利用、所内の地下水を利用し水道水を減らす、製品の瓶詰度数は46%にして瓶詰め前の冷却処理を不要にする等である。地球環境の持続可能性(Sustainability)への対応は経営の最重要課題に位置付けている。

粉砕と仕込み:ドイツのシュタイネッカー(Steinecker)社製の設備を用いている。特徴は粉砕に通常の粉砕機(ミル)による乾式の粉砕でなく、まず原料を温水のタンクに浸漬しておいてから浸漬水と共に粉砕する湿式粉砕法を採用している。この方法では、大麦や麦芽の穀皮は湿った状態で粉砕されるので、乾式粉砕のように細かく破砕されることなく胚乳(穀皮の内側の主要部分)から分離され、胚乳の粉砕度は細かくすることが可能で糖化効率が上がり収率が向上する。濾過工程で濾過が容易になり、濾過槽(ラウター・タン)の小型化や濾過時間が短縮される等の利点がある。

写真2..Teeling蒸溜所の湿式粉砕装置(Wet Milling):Teeling Single Pot Whiskeyの例では1バッチ当たり4トンの大麦と麦芽を上部のホッパーで温水に浸漬してから下部のローラー・ミルで粉砕し、泥状のスラリーを仕込槽へ送る。

仕込みと濾過:湿式粉砕された原料のスラリーは、シュタイネッカー社のラウター・タンに送られ、そこでプログラムされた温度経過により糖化(Conversion)が行われる。糖化は4-6時間で終了し、麦粕を分離するため濾過に移り濾液は冷却されて発酵槽へ送られる。

写真3.仕込槽:容量10.25klのドイツの醸造設備メーカーのシュタイネッカー(Steinecker)社製で、加熱装置と濾板を持ち、醪の糖化と濾過を行う。1仕込みから15,000リッターの麦汁(Wort)が得られる。後方に原料大麦や麦芽を温水で浸漬するホッパーが見える。

発酵:15,000リッターの木桶が2基と30,000リッターのステンレス製の発酵タンクが2基ある。ステンレス・タンクには2仕込み分の麦汁が段掛けで投入される。使用酵母は、南アフリカの酵母メーカーの何種類かの酵母をカクテルにして使用している。発酵時間3-5日でアルコール分8%の発酵醪が得られる。

蒸溜:3基の蒸溜釜を持ち、アイリッシュ・ウイスキーの伝統である3回蒸溜を行う。発酵済の醪(Wash)は容量15,000リッターの醪釜(Wash still)で蒸溜され、アルコール分約30%のローワイン(Low wine)を得る。このローワインは次の余溜釜(Feints still)で蒸溜するが、この余溜釜は、同時に蒸溜でカットする前溜(Forshot)と後溜(Feints)と、3回目の蒸溜をするスピリッツ・スティルでカットされる前溜と後溜も加えて蒸溜する。蒸溜では前溜、アルコール60%のストロング・フェインツ(Strong feints)、後溜(Feints)に分溜され、前溜と後溜は次回の蒸溜にリサイクルされ、ストロング・フェインツは3回目の蒸溜に進む。3回目のスピリッツ・スティルでは、2回目の蒸溜で得られたストロング・フェインツを蒸溜して、前溜、本溜(スピリッツ)、後溜に分ける。スピリッツ(アルコール分81-82%)は樽詰に、前溜と後溜は余溜釜で蒸溜される。

写真4.手前から初溜釜(容量15,000リッター)、余溜釜(容量10,000リッター)、スピリッツ・スティル(容量9,000リッター)である。加熱方法は蒸気、釜のメーカーはイタリアのフローレンス近くの醸造設備メーカー、Frilli Impianti社である。

樽と貯蔵:蒸溜で得られたニュー・メイク・スピリッツは、63%まで度数を落として樽詰めされる。樽は、前歴がバーボン、シェリー、ポート、マデイラ、赤ワイン等多様な樽を用い、ティーリング蒸溜所のウイスキーだけでなく、調達しているグレーン・ウイスキーの熟成や、ダブル・マリッジに用いて多様な品質を作り出している。小回りが利く小規模蒸溜所の利点を生かしていると言えるだろう。

テースティング:見学の最後に5種の製品がテースティングに供された。

写真5.テースティングに出された製品群:左からTeeling Small Batch, Teeling Single Grain, Teeling Single Malt, Teeling Single Pot Still, Teeling Blackpitts Peated Single Malt。

Teeling Small Batchは、モルトとグレーンのブレンドで、バーボン樽で熟成後にラムを熟成した樽で熟成。花様、バニラ、ラムの香り、クリーンでスパイスの味、長くスパイス様の後味である。

Teeling Single Grainは、多分クーリー蒸溜所のグレーン・ウイスキーを赤ワイン樽で熟成したもので、赤ワイン様の香り、クリーンでスパイス様の味、短くドライなフィニッシュである。

Teeling Single Maltはモルトをアメリカン・オークの新樽、バーボン樽、マデイラ・ワイン等の樽で熟成させたものを混和したもので、熱帯地方の果実香、オーク材の香りがあり、味は果実様で複雑、後味は長く重厚である。

Teeling Single Pot Stillは伝統的なアイリッシュ・ウイスキーで、大麦50%と麦芽50%の原料から蒸溜されたティーリンク蒸溜所の基幹ブランドある。アメリカ産の新樽、バーボン樽、シェリー樽で熟成した。香りは、大麦独特のスパイシーさ、フルーティーで、味には穀物様、スパイス、重い果実の味わいがあり、後味は甘く重厚である。

Teeling Blachpitts Peated Single Maltはピーテッド・モルトを3回蒸溜したものをバーボン樽とソーテルン・ワインの樽で熟成させた。軽い煙臭、オレンジ様の香り、ハニーやジャム様の重い味わい、ピートと美味しさの残る後味である。

ティーリング蒸溜所の狙いは小規模なクラフト蒸溜所でスーパー・プレミアムクラスのウイスキー造りと思われる。19世紀に品質の高さで世界一の地位にあったダブリン・ウイスキーを再興させたいというジョン・ティーリング氏の夢は叶ったようである。

ダブリン・リバティーズ(Dublin Liberties)蒸溜所

2019年に操業を始めた新しい蒸溜所である。所在地はその名の通りリバティーズ地区にあり、ティーリング蒸溜所の一筋南のミル・ストリート(Mill Street)にある。

写真6.ダブリン・リバティーズ蒸溜所の入り口:蒸溜所は400年を経た古い建物にある。元は製粉所(Mill)や皮なめし(Tannery)に使われていた。ドアに見える蒸溜所のロゴのDLDは、Dublin Liberties Distilleryのイニシアルである。

蒸溜所のオーナーは、元カンパリ社のCEO、Enzo Visone が2011年に始めたクイントエッセンシャル・グループ(Quintessential Group)で、このグループはヨーロッパ各地でジン、果実のスピリッツ、アイリッシュ・クリーム・リキュール,アイリッシュ・ウイスキーのブランドをクラフト生産している会社である。

蒸溜所の概略:この蒸溜所は、麦芽だけを原料とするモルト蒸溜所で、未発芽の大麦などの原料は使用しない。麦芽の原料にはアイルランド産の大麦をアイルランド国内の製麦工場から調達する。仕込槽は一仕込み2トンの麦芽を用い、10klの麦汁を得る。発酵槽はステンレス・スティールで、蒸溜は3回蒸溜である。貯蔵には主にバーボンの空樽を使用している。クイントエッセンシャル・グループは、Dublin Libertiesブランドのウイスキーを蒸溜所が操業を始める以前から他社から原酒を調達して発売していたが、蒸溜所の完成で原酒の蒸溜から貯蔵・熟成、ブレンドの一貫生産が可能となり、ウイスキーの出自も明確になった。

写真7.ダブリン・リバティーズ蒸溜所のポット・スティル:釜はドイツのCarl社で初溜釜の容量は10kl、中間釜とスピリッツ・スティルは6klである。年間約700klの蒸溜能力がある。

製品のテースティング

写真8.Dublin Liberties蒸溜所のテースティング サンプル:左はDubliner Bourbon Cask, 右はOak Devilである。

テースティングには2種の製品が出された。写真8.の左側の「Dubliner」は会社のベスト・セラーである。モルトとグレーンのブレンデッド・ウイスキーで、バーボン樽で3年熟成、アルコール度数は40%、バニラ、カラメルの香りがあり、口当たりは軽くスムースで、後味はすっきりしている。ベーシック版で気張らずに飲めるし、カクテルのベースに良い。
右側の「Oak Devil」は上級版のブレンデッド・ウイスキーで、バーボン樽で5年熟成し46%で瓶詰めしている。アップル・ジャムのような重い果実香、ザラメ糖様の香りがあり、トフィー、キャラメルの風味がある。後味は甘く余韻がある。

ダブリン・リバティーズ蒸溜所は、ティーリング蒸溜所の棟続きと言っても良いが、蒸溜所の規模は2/3程である。どちらも最新鋭の醸造設備を備えているが、量産型ではなく、物つくりの基本をクラフトマンシップ(職人気質)に置き、プレミアムとスーパー・プレミアムの高付加価値市場にターゲットを置いていると思われる。

  • 参考資料
  • 1. Barnard, Alfred (Reprinted in 1969), Latimer Trend & Company Whitstable.
  • 2. https://en.wikipedia.org/wiki/Powers_(whiskey)
  • 3. https://teelingdistillery.com/about-us/
  • 4. https://en.wikipedia.org/wiki/Teeling_Distillery
  • 5. https://www.ballantines.ne.jp/scotchnote/130/index.html
  • 6. https://www.diffordsguide.com/producers/1139/teeling-whiskey-company/history
  • 7. https://thedld.com/
  • 8. https://quintessentialbrands.com/article/first-step-dublin-next-step-the-world-here-comes-the-dublin-liberties-distillery/