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稲富博士のスコッチノート

第20章 グラスゴーのパブ - その2

The Counting House:グラゴーの中心部ジョ-ジ広場に面したスーパー・パブで、元はスコットランド銀行の出納室だった。高いドームがある素晴らしい建造物と、Counting Houseの名前に銀行の由緒を留めている。

グラスゴー下町の伝統的パブのイメージは、高い天井、古めかしい内装、リノリューム張りの床にはよくタバコの吸殻やゴミが落ちている、タバコの煙が立ち込めるなかで男たちが大声でしゃべりながら何杯もビールを飲んでいる、である。こういったパブもまだ結構多いが、時代の新しい流れに沿った新感覚のパブ、いやもうパブとは言えないような洒落たバーも登場してきた。右の写真は最近出現したスーパー・パブ(超大型パブ)の一つで、都心の超一等地から撤退した元銀行の出納室がパブになったものである。日本で言うなら丸の内や大阪中島の銀行本店がパブになったような感じである。

今回は英国全体のパブ業界を取巻く近年の環境変化と、パブ業界がどのように変わりつつあるか具体的事例を紹介します。

1. 英国のパブ業界を取巻く環境

ア. パブ業界の推移

(Keynote社2000年調査から作成 1ポンド=200円で換算)

下記の表をご覧いただきたい。この表から分ることは、英国のパブ業界は3兆円近い売上の大産業であること、ここ数年でパブの店数は減少、業界全体の売上は微増、1店当たりの売上は増加で、パブ業界も総需要頭打ちの中で厳しい競争と淘汰に晒されていることが分る。

*ここで言うパブは、法的なパブの定義、すなわち、一般に公開されていて、店内で酒類を飲用する為の施設をさす。
食事の提供は義務付けられていない。

イ. パブを取巻く経営環境の変化

パブ経営経営形態の変化
近年まで英国のパブは、ビール会社が自社のビールを売る目的で直接経営するタイドハウス(Tied House、系列パブ)と、個人経営でどの会社のビールでも売るフリーハウス(Free House、自由営業パブ)に大別されていた。 昨年の法改正でビール会社は系列パブを持てなくなり、これを見越したビール会社はパブ部門を大手のパブ会社(Pub Operator)に売却した。 パブ経営がビールを売るためのアウトレットだった時に比べて、引継いだパブ経営専業の会社は、パブ経営そのものが事業なので、生き残りをかけて経営を厳しく管理するようになった。

流通業界の変化
大型の郊外型ショッピングセンターが多く誕生し、パブの客足が都市の中心部から遠のいた。又酒類販売免許をもったレストランとの競合が激化した。

スーパーや酒ディスカウンターとの競合
生産と流通の合理化が進み、大手小売業のメーカーとの交渉力が増大した結果、酒類の小売価格が低下した。実際に、これらの店でビールを購入すると、パブで飲むビールの半額で買えるので、パブより家庭内での飲用が増加している。

ウ. 消費者側の変化

若年層の伝統的パブ離れ
我々のような外国人(?)にとって伝統的なパブは、雰囲気、サービスとも素晴らしいと感じるが、こちらの若年ユーザーにはいささか古臭く、彼らはもっと新しい店を求める傾向がある。

家庭生活重視の傾向
主人だけがパブに飲みに行く生活スタイルは、家庭内で力をつけた主婦に人気が悪い。又近年の高品位TVの普及が男性を家庭へ引き戻していると言われている。

飲酒運転規制
かってはおおらかだった英国も飲酒運転は厳しく規制されるようになり、出かけ難くなった。

2. パブ業界の対応

Bar Saint Jude'sのカクテル:グラスゴー都心部やや西方にあるこのバーはファッション・バーの一つで写真のような洒落たカクテルが飲める。写真は ラズベリー・コリンズで値段は約1,150円。

Cottier:グラスゴーのWest Endで一際目立つこの教会は今は劇場、レストランとパブになっている。元司祭館のパブにはElvis Presley の大きな肖像画があり、よくジャズのライブが行なわれる。‘何でもパブ'の時代である。

Hogshead:ホッグスヘッドはウイスキーを熟成させる樽の一種だが、ここは最大手のエンター・プライズ・インズが経営するチェーンの1店。建物は元は1882年創立のウッドランド小学校だった。手前の校庭はビア・ガーデンになり、天気の良い日は皆屋外で飲んでいる。

Brel:グラスゴー大学のすぐ西側のAshton Laneにあり、元馬小屋を改造したバプ・レストラン。ベルギーのビールと料理がメイン。木曜の夜はフォークやジャズのライブがあり若い人に人気がある。

以上のような環境変化に対応する為パブも知恵を絞り、色々な手を打っていて、施設面、提供するサービス面でパブも大きく変わりつつある。

ア. 施設面:新業態パブの出現

ファッション・パブ
明るく清潔で都会的、近代的なセンスの内装で、オフィスに働く若い女性をターゲットにしたバーである。女性だけのグループや、ベッカム風のカッコイイお兄さんとこれまたビクトリアのようにカッコイイ若い女性のカップルが良く見られる。飲み物もビールでなくてワインやカクテル中心になる。

スーパー・パブ
最近都心に超大型パブが出現している。スコットランドは銀行の多い事で有名だったが、近年の買収・統合に合理化でいくつかの銀行が都心部の店舗を廃止し、その後がパブになったものである。建物は保存指定されたものが多く、“これがパブ?"と驚く立派さである。前出のThe Counting Houseのすぐ近くのIngram Streetのコリンジアン(Corinthian)は、旧ユニオン銀行の本店であった。カウンティング・ハウス同様高いドームのある広い出納室がパブになっている。ここは出納室だけでなく、建物全体がパブ、レストラン、ワイン・バー、ピアノ・バー等総合エンターテインメント施設と化した。

何でも・パブに
古く経営効率が悪いパブが廃業する一方で、エッと驚くパブが誕生している。前項の旧銀行だけでなく、教会や学校がパブになったところがあり、日本なら多分謹厳派から指弾を受けると思われるが、平然としているイギリス人の柔軟さに驚かされる。

イ. サービス内容の変化

酒類
パブはビールを飲むところとほぼ同義語だったが、近年パブで消費される酒類に大きな変化が見られる。ビール、とくに伝統的なエールの消費が減少し、代わって大きく伸びたのがワインとRTD(瓶詰低アルコールカクテル)である。ビールもラガーや色々の国からの輸入ビールが増加していて、これらは女性や若年層に人気がある。瓶入りの輸入ビールやRTDは何故か直接瓶からラッパ飲みにする。

食事
最近のパブの傾向として、家族向けサービスと食事の提供を重視するところが増えていて、ほとんどのパブで食事が出来る。大抵はサンドイッチ、パイ、フィッシュ・アンド・チップス、カレー、チキンのソテー、スパゲッティ-など定番のメニューで、味はそこそこといった所が多いが、中には一流レストランに負けない本格的な料理をだすところもある。グラスゴー大学すぐ西側のAshton Laneは有名なパブ街であるが、その一つブレル(Brel)はベルギーがテーマのパブで、ベルギー・ビールと本格的なベルギー料理が妥当な値段で食べられるので人気が高い。

長時間営業
パブの営業時間の自由化から(以前パブの開店時間は法律で厳格に規定されていた)朝11時頃から深夜まで営業するところが多い。業務内容も朝はコーヒー・ショップ、昼はランチ・レストラン、午後は大型スクリーンでのスポーツ観戦パブ、夕方から本来のパブとレストランと多毛作化している。

その他のエンターテインメント提供
英国人はパブに集まってTVでフットボールを観戦するのが大好きである。好試合はパブにとって集客の絶好のチャンスとなる。“TVは置かない"をモットーにしているパブは、昨年のWorld Cupで大きく売上が落ちたという。ライブミュージック、カラオケ、クイズ・ナイトなどのエンターテインメントで集客に努力している。

値下げ
経済観念に富んだスコットランド人相手には(スコットランド人は“ケチ"で名高い)値下げが一番だとして実質的に価格を下げる例が良く見られる。ビール10杯飲んだら1杯無料、スピリッツ(ウイスキー、ウオッカ、ジン、ラム)はダブルなら4割引き、1杯250mlのワインは2杯買えばボトルの残りは無料進呈、食事も2人前なら3割引きと言ったところである。値下げは収益を圧迫するので、力のないパブは脱落するし酒類のプロモーションはメーカーとのタイアップが多いので大手メーカーが圧倒的に有利になる。

3. パブの料金

パブの食事:英国を代表するフィシュ・アンド・チップス(鱈のフライに、フライド・ポテト、グリーン・ピース添え)で値段は980円。白ワインは175mlが440円。

それでは、パブに行けばどれくらいで飲めるか、平均的な価格をご紹介する。当然パブによって開きがあるが、高くてもこれより20%アップくらいである。大手パブチェーンに所属するあるパブの価格例を上げる。(1ポンド=200円で換算)

ビール
イギリスのビールへの課税はビールの“濃さ"で変わる。アルコール分の高いビールの税金は高く、アルコール分の低いビールの酒税は安いので、これが価格に反映する。最も高いビールはクローネンバーグのラガー(ABV**5%)の約450円(1パイント=550ml当たり)、最も安いのがウエブスター(ABV3.8%)の約370円、おなじみギネス(ABV4.1%)は440円である。(**ABVはAlcohol By Volumeの略。アルコール分の容量度数のこと)

スピリッツ
いづれも25ml当たりでウオッカ、ジンやブレンデッド・ウイスキードが280円、Glenfiddich Single Maltは330円。

ワイン
440円(175ml)。

RTD
510円(275ml一本)。

食事
イサーロイン・ステーキ(フライド・ポテト、グリーン・ピース、オニオン・リング、トマト付き)1290円、ハンバーガ-(同じく野菜添え)560円、ソーセージ(マッシュ・ポテトとグリーン・ピース付き)580円、フィッシュ・アンド・チップス(フライド・ポテトとグリーンピース付き)980円。

酒類も高くないし、料理(味もそこそこ、量はたっぷり)も非常に妥当な値段と思われる。このチェーンは2300軒以上のパブをチェーン展開しており、その規模と合理化、来客数の多さに加えて客の支払いは全て現金決済(Cash on Delivery)であることがこの値段を可能にしていると思われる。