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稲富博士のスコッチノート

第21章 シェリーウッドの故郷を訪ねて- その1

現在スコッチ・ウイスキーの貯蔵・熟成には、主としてアメリカ産のホワイト・オークから作られるバーボン樽が使用されているが、歴史的には長年ヨーロッパ産のオークから作られたシェリーやワインの古樽が使われてきた。中でも、シェリー樽で熟成させたウイスキーは、ルビー色を帯びた輝かしい褐色の色調と特有の甘く重いフルーティーさ、微妙なサルフリー、引き締まった渋みなど独特の香味で人気が高い。スペインのシェリーウッドの故郷をご紹介します。

1. スパニッシュ・オーク

スパニッシュ・オークの生育地:スペインは、大半が非常に乾燥したところで、オークの森林があるのは、北部のいくつかの州に限られる(地図上グリーンで表示されているところ)。一方、このオークからできる樽を使うシェリーの産地ははるか南のヘレスである

サンタンデール(Santander)

スペインは大きな国で、その面積は50万6000平方km、日本の1.34倍もある。シェリーを産出するのは南西部の都市ヘレス(Jerez)周辺なのだが、その為に使われる樽のオークは800km以上も離れたスペイン北部、東西に広がったガリシア、アストゥリア、カンタブリア,パイス・ヴァスコの諸州に生育する。訪れたのはカンタブリア州の州都サンタンデール、人口十数万の港湾都市である。近くに、壁画で有名なアルタミラの洞窟があることや、歴史上の有名事件として、1588年にドレーク提督に率いられた英国海軍に敗れたスペインの無敵艦隊の一部が帰投した港として知られている。戦いに敗れたスペイン艦隊は、南下しようにも退路を絶たれ、やむなく北海を北上してスコットランドの北、オークニーとシェトランド諸島の間を西に迂回、さらにアイルランド沖の大西洋を南下して苦難の末やっとたどり着いた町である。

スペイン北部、カンタブリア州のサンタンデール近くのオークの森:ここはほぼ自然林で海抜800mくらいの山の中腹まで見渡すかぎりオークの森林が続いていた。

オークのログ(丸太):伐採されたオークが製材所に集められて積み上げたれたところ。2-3ヶ月以内に樽材に製材される。

オークの森

サンタンデール近くのオークの森に案内してくれたのは、スペインの大手製材業フォレスタル・ペニンスラ社のフェルナンデス営業担当役員と、同姓のフェルナンデス製材工場長である。サンタンデールから車で約40分、のどかな田園を抜けて山中に入ると見渡すかぎりオークの森林が広がっている。車を降りたところは標高約400mだが、見上げるとさらに山の中腹まで森は続いている。林業の専門化でもあるフェルナンデス工場長の説明によると、オークは海抜0mから800mくらいまで生育できる、近年平地に近いところの森林は生長の早いユーカリが植えられる場合が多いが、シェリー用の樽の需要が減ったこともあり、オークの資源量は10年間に30%ほど増加しているそうである。

この辺りのオークの森は、少しは他の樹種が混在するがほぼオークの単生林に近く、木は真っ直ぐに伸びていて樽材にするにはもってこいである。スペインのオークの樹種は、80%がコモン・オークと呼ばれるケルカス・ロブール(Quercas Robur)種、15%がセシル・オークのケルカス・ぺトラエ(Quercas Petrae), その他5%である。樽材に使われるのは強靭でタンニンの豊富なロブール種で、樽材に使えるようになるには最低でも80年の生育が必要である。

2.製材

切断されたオークの丸太:丸太はまず樽の長さよりすこし長めに切り、それから縦にカットして板に加工してゆく。

材の柾目取り:柾目に製材する様子を示しているところ。チョークの線に沿って製材される。まず縦に6分割し、縦の切口に面したところを切口に平行に厚さ38mmに切断して板にする。

樽側板(ステーブ)の積み付け:出来あがったステーブ(Stave)を井桁に積んでいるところ。積み上げられたステーブは数週間工場に置いてからスペイン南部ヘレスの樽工場に出荷される。

サンティジャーナ・デル・マール(Santillana del Mar):数世紀から続くこの村は観光地として人気が高い。中世のままの佇まい、人々の暮らしの中に入るとまるでタイム・スリップした感じにとらわれる。

樹齢80-100年の適材を選んで秋から翌年の春にかけて伐採し、製材工場に搬入する。伐採されたオークの丸太は工場の貯木場に運ばれ3-4ヶ月野積みされてから製材される。ここスペイン北部は湿度が高いし、材に加工しないと水分はほとんど低下しない。製材時の木材中の水分は75%以上もあるそうである。

シェリー用の樽、シェリーバット(Sherry Butt)と呼ばれる樽用に製材するには、オークの丸太をまず140cmの長さに輪切りにし、それから縦に柾目にカットする。柾目取りというのは、板の平たい面が木の周辺から中心に向かう方向に沿って切り出すことである。このように加工された樽板は、木の中心から外側に向かって放射状に走っている導管を切断していないので樽にした時にシェリーやウイスキーが漏れない。完全な柾目取りは無理なので、出来るだけそれに近いように切って行く。その為にここでは丸太をまず縦に2等分、それをさらに3等分してから切口に平行に38mmの厚さに切って板にする。板の両側の不良部分をカットするとステーブ(Stave: 樽板)の出来上がりである。

出来上がったステーブはパレットの上に通風が良くなるように井桁に並べ、6週間くらい乾燥してからスペイン南部、ヘレス地区にある樽工場に向け出荷される。訪れた6月のスペイン北部の気温は15℃で湿度も高いが、ヘレスはすでに30℃、急激な温湿度の変化は木材にとって良くないのでしばらくこの地で置かれるのである。

樽材つくりは一見簡単そうだが、良質の柾目板は6分割された材から2-3枚しか取れず、製材歩留まりは20-25%しかない事、工場は機械化されてはいるが重要な柾目カット時の鋸の入れ方や、出来るだけ良質の部分を残して不用部分を効率よく除くのは職人の勘によるところが大きく非常に技量のいる仕事である。

オークの森から帰る途中、フェルナンデス役員が、“綺麗な村があるので見て行こう"と案内してくれたのがサンティジャーナ・デル・マール(Santillana del Mar)。スペインで最も美しい村として知られている。数世紀から続くこの村では、村全体が国の重要文化財に指定された今でも古い時代の建物に人々が生活している。自然のオークの森、製材所の職人達、古からの村、とこの地方は慌しい近代生活を忘れさせる悠久の雰囲気に満ちていて、ウイスキーの揺り篭になるオーク材の故郷としてまさにぴったりであった。