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稲富博士のスコッチノート

第32章 計重と計量(Weights and Measures)

蒸溜所でのウイスキーつくりの過程では色々なものを計ることが必要になる。前回31章でご紹介したアルコール度数の測定もその一つであるが、その他重さ、容量、濃度、温度などを計り、いくらの原料を使用したか、工程が正しく進行しているか、ウイスキーはいくら出来たか、収率(製造歩留まり)はどうだったか、等を知ることが必要である。その例を下記に上げる。

1. 重さ
A. 購入した原料の量を把握する。
B. 一回の仕込に使う原料大麦や麦芽の量を決める。
C. 一樽に詰められたウイスキーの量を樽の重さから計算する。

2. 容量
A. 仕込に使う温水の量を決める。
B. 採取した麦汁の量を計る。
C. 醗酵もろみの量を計る。
D. 蒸溜釜に張り込むもろみ、初溜液、余溜液や出来たスピリッツの量を計る。

3. 濃度
A. 麦汁の糖濃度や醗酵もろみのアルコール分を知る。
B. 蒸溜液のアルコール濃度を計る。

4. 温度
A. 仕込の時の温度を管理する。
B. 醗酵工程でもろみの温度を調べる。
C. 蒸溜時の溜液温度を管理する。

5. 圧力
A. 蒸気の圧力を知る。

今回は、以上の内で最も基本的は重さ(Weights)と容量(Measures)の測定についてその歴史や現在の方法を見てみます。

測定の歴史

ベル型ポンド基準錘:大きい方から56,14,1ポンド。この基準錘はリンリスゴーで使用されていたもの。原器は1707年からラナークで製作され複製が各市町村に配付された。(Edinburgh, Museum of Scotland蔵)

インペリアル・ガロン(4.6L)とジル(142ml)の基準容器:この写真の基準容器は1826年からダンバー市で使われていたもの。取引の公正さをチェックするためにこのような基準器が各自治体に置かれていた。(Edinburgh, Museum of Scotland蔵)

お金の単位もそうだったが、英国のものを計る単位も難しかった。基本単位が習慣的に決ってきたのに加えて、3進法、6進法、12進法、16進法、20進法等が入り乱れていた為である。SI(国際単位でメートル法のこと)が施行されるまで英国で使用されていた最も基本的な単位のフット(Foot、略ft)、ポンド(Pound、略lb)とガロン(Gallon、略gal)の場合は下記の様だった。

1. フット-この長さを計る単位は人類が最初に使用した単位ではないかといわれ、現在我々が使用しているSIの30.48cmにあたる。ヘンリーI世が自分の足裏の長さ(多分靴を履いた時の)を基準に定めたとする逸話がある。このフットの1/12が1インチ(2.54cm)、 3倍の3フィートが1ヤード(91.44cm)、1,760ヤードが1マイルである。メートル法施行後もヤードはゴルフ・コースの距離表示に、マイルは道路標識の距離表示や自動車の速度規制に使われている。

2. ポンド-重さの単位で、通常物の重さを計るポンドは1ポンドが453.592gである。英語のパウンドは、ローマ人が使ったlibra pondo(1ポンドの重さ)が起源。ヨーロッパ各地で同様の単位が使われた。1ポンドの1/16がオンス。宝石、貴金属や薬剤の計量に使われたポンドはトロイ・ポンド(Troy pound)で1ポンドが373.242gである。

3. ガロン-容積の単位で1英国ガロンは4.54609リッターである。歴史上各地でいろいろなガロンが使われたが、1824年に英政府はインペリアル・ガロンの規格を定め、その他のガロンを廃止した。ガロンは1963年に再定義され1ガロンは「密度0.001217g/mLの空気中で密度8.136g/mL の重りで密度0.998865g/mLの蒸溜水を10ポンド量ったときにこの水が占める容積」とある。ややこしくなっている原因は空気による浮力を補正するためで、簡単に言えば10ポンドの水が占める容積が1ガロンである。尚、アメリカのガロンは旧ワイン・ガロンから派生した単位で1ガロンは 3.78541リッターになる。英国でガロンは廃止されたが、パブのビールはガロンの1/8にあたるパイント(Pint)で売られている。

原料重量の測定

Bushel 容器:蒸溜所で大麦や麦芽の計量に用いた。容量は36.3リッター、大麦なら22.7kg、麦芽なら19kgが入る。(Glendronach 蒸溜所)

麦芽の計重機:現在ほとんど全ての蒸溜所で使用されているタイプ。バスケットの中に流れ込んでいった麦芽があらかじめ設定してある重量に達するとバスケットの底が開いて計量された麦芽が排出される。(Auchentoshan蒸溜所)

20数年前まで、蒸溜所で大麦や麦芽などの原料穀物を量るのに使われていた単位はキログラムやトンではなくブッシェル(Bushel、略Bu)である。手許に1970年にGlenfiddich蒸溜所で実習をさせてもらった時の記録があるが、それによると、当時のGlenfiddich蒸溜所における1回当り仕込量は麦芽880ブッシェル(16.8トン)とある。近接のBalvenie蒸溜所では460ブッシェル、同じ時期に訪問したBowmore蒸溜所は380ブッシェルであった。

このブッシェルは、英国で穀類の取引や使用する時の量の管理に長年使われてきた単位で、14世紀に当時の国王エドワードI世が‘1ブッシェルは8ガロン' と定めたという。ガロンといっても液体を計るのではなく、小麦、大麦、ライ麦等の穀類、豆類、果物や石炭などのドライグッズ(Dry goods)の取引や課税に使用されてきた。日本で米や麦が升、斗、石で計られたのと同じである。1725年にグラスゴーで起こったモルト(麦芽)暴動は、それまで1ブッシェル当り3ペンスだった税金を倍の6ペンスに上げたのがきっかけだった。

ブッシェルは重さを量る秤が普及していない時代には便利であったが、時代と場所でいろいろのブッシェルが使われたこと、穀類などはブッシェル容器への入れ方、すなわち‘ふわっと'入れるか、‘ぎゅっと'詰めるかによって量は大いに変わる。商取引で売り手はできるだけ‘ふわっと'入れようとするし、麦芽に課税されたときには納税側はそれこそ‘ぎゅうぎゅう'に詰めて節税をはかった。大量の取引で契約が成立した後でも、穀類は輸送中に締まって嵩が減るのでトラブルが絶えなかったのである。

この混乱を避けるため、取引業者仲間間でブッシェルを厳密に取り決め、後に法律で規定するようになった。英国では1826年にインペリアル・ブッシェル (Imperial Bushel)は‘2218.192立方インチ又は大気中で62゚Fの水80ポンドが占める容量'と法令で決められた。これは36.3リッターに当る。しかしながら長年使われてきたブッシェルは1980年のメートル法導入で英国では今は使われなくなった。

尚、1826年まで英国で一般的に使われ、アメリカやカナダで使われているブッシェルはインペリアル・ブッシェルよりやや少なめのウィンチェスター・ブッシェル(Winchester Bushel)で、穀物の国際取引には現在でも使用され、例えばシカゴの穀物市場の国際相場はブッシェル当りいくらで表示されている。ウィンチェスター・ブッシェルは35.2リッターである。

ブッシェルの定義は容量だが、現在の取引にはブッシェルは重さとして扱われている。ブッシェルは‘容量'の単位から‘重さ'に単位が変わったのである。重さの単位になっても元の容量は同じなので、品目によってブッシェルの重さは異なる。1ウィンチェスター・ブッシェルは、大麦は48ポンド、小麦は60ポンドが1ブッシェルである。

現在蒸溜所では麦芽は自動計重機によって計られている。計重器のバスケットに麦芽が流れ込んできて、あらかじめセットされている重量に達するとバスケットの底が開いて麦芽が排出される仕組みである。

樽詰ウイスキーの計量

樽の計重機と充填器(Filling Machine):空樽とウイスキー充填後の樽の重さを計り、ウイスキーの量を算出する。今ではより簡便な樽に流れ込むウイスキーの流量を計る方法で計るところが多い。(Dalmore 蒸溜所)

スコッチ・ウイスキーは蒸溜で出来たスピリッツを最低3年間オークの樽で貯蔵することが義務付けられ、樽による熟成は品質をつくりだす上で最も重要なプロセスでもある。樽は一つ一つ大きさが異なるので、酒税の管理上もいくらのウイスキーが入っているかは一樽毎に計る必要があり、長年樽の重さを計ることで内容量を計量してきた。まず空の樽の重量を計り、その後ウイスキーを詰めて総重量を計る。総重量から空樽の重量を差し引くと詰められたウイスキーの重量が分るので、その重さをあらかじめ計っておいたウイスキーの比重で割ると容量は何リッターと計算される。現在では流量計(流れた液量が分る計器でガソリン・スタンドのメータ-がそれ)を使って樽に充填されたウイスキーを計るところがほとんどだが、重量に基づく計量は手間がかかるが最も正確なので流量計をチェックするのに使われている。

容量の測定

醗酵槽に流れ込んでいる麦汁:仕込槽から送られる麦汁は20℃前後に冷却して醗酵槽に受け入れる。完了時に麦汁の容量、温度と濃度を測定する。(Auchentoshan蒸溜所)

醗酵槽での計量:仕込槽から送られた麦汁の量や、醗酵終了後のもろみの量を測定するにはこのように物差しで液面までの寸法を計測する。(Auchentoshan蒸溜所)

蒸溜所で仕込用の麦芽を重量で計ると、その後の工程を流れるのは全て液体になるので、容量で管理されることになる。容量の測定は過去も現在も基本は木桶やタンクを枡にして入っている量を計る方法がとられる。あらかじめ、タンクを、どの位置まで液体が入っていれば何リッターと検定しておいて、液面の位置から容量が分る表を作成しておき、実際の操業時には液面の位置を計って液量を知る方法がとられる。タンクの検定は、酒税当局公証の流量計を使いある量の水を入れては液面の高さを調べる、ということをタンクが満量になるまで繰り返して行なうのでなかなか大変な作業である。最近はタンクの寸法をレーザーで正確に測定できるようになったので、この方法を使い結果をコンピュータで計算させると表はずいぶん簡単にできるようになった。

液量の測定にはその他、タンクの底で液体の圧力を計る、タンクそのものの重量を計る、移動した液量を流量計で計る方法も使われている。これら計測技術の高度化とコンピュータの発達で蒸溜所やブレンド工場の自動化が可能になり、今では原料の受け入れから蒸溜が終るまで1人のオペレーターでウイスキーがつくられている蒸溜所まで出現している。コンピューター制御の完全自動化と、熟練したスティルマンの勘と経験とはどのような勝負になるのだろうか。

1.Brewing room book. 2001-2003. Pauls Malt in Greencore Malting Group - Brewing Room Book
2.Oxford English Dictionary
3.Oxford Reference Online
4.Wikipedia-The Free Encyclopedia
5.Weights and Measures
6.A Dictionary of Measures, Units and Conversions
7.The University of North Carolina at Chapel Hill