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稲富博士のスコッチノート

第37章 ケルトの兄弟-ウェールズとそのウイスキー その2.ウェールズのウイスキー

スクゥーダァィラ(Scwd Y Eira)の滝:ブレコン・ビーコンズ国立公園は滝の多さで知られる。この滝は‘白雪の滝'と呼ばれ、今回紹介するペンデリィン蒸溜所から徒歩で小一時間の山手にある。蒸溜所の水源である。

ウェールズ南部、首都カーディフから北へ車で一時間ほど行くと、広大なブレコン・ビーコンズ(Brecon Beacons)国立公園に入る。山と渓谷、豊かな自然で知られる。公園に少し入ったペンデリィン村で、元酒卸の倉庫を利用して簡素な蒸溜所がオープンしたのは2000年の12月であった。100年ぶりのウェリッシュ(Welsh)・ウイスキーの復活である。

歴史

ペンデリィン(Pendelyn)蒸溜所:元酒スーパーの建物を蒸溜所に改造した。小さなベンチャー企業なので、ウイスキーの品質にはお金をかけるが建物は簡素である。

ウェールズではスコットランドのようなウイスキー産業が発展しなかったし、記録も希少なので、そのウイスキーは長年人々の記憶から忘れられていたが、ウェールズの蒸溜酒の歴史は長く、スコットランドより古くから蒸溜酒が造られていた可能性もある。伝承によると、4世紀にウェールズ北西部にあるキリスト教の聖地バーゼー(Bardsay)島でビールを蒸溜したようだし 、6世紀の吟遊詩人による詩には蜂蜜の蒸溜酒が謳われている。スコットランドの蒸溜酒の歴史的記述で最も古いものは有名な1494年の王室の出納記録(Exchequer's Roll)なので、ウェールズの記録は事実ならスコットランドのそれから900年を遡ることになる。

1705年には、ウィリアムズ・ファミリーがウェールズ南西部のデール(Dale)で小さな蒸溜所を経営した。後にアメリカに渡りバーボン・ウイスキーを始めたエヴァン・ウイリアムズ(Evan Williams)はこの一家の出身である。系譜は確認されていないようだが、テネシー・ウイスキー、ジャック・ダニエルズのDanielはウェールズ名である。1889年にはWelsh Whisky Co. Ltdによってウイスキーを本格的に商業生産する最初の蒸溜所が北ウェールズのバラ(Bala)に建設された。製品は4年後シカゴの世界博に出品され最高賞を獲得したというがこの蒸溜所は短命であった。当時のウェールズは、禁酒主義を掲げる教会の影響が強く、‘マニアのように多数の教会を建てたが、酒には反目'の社会はウイスキーの事業には厳しい環境であった。蒸溜所は1900年に転売、1903年には閉鎖されてしまい、以後100年間ウェールズには蒸溜所空白時代が続いた。

ウェールズのウイスキー - 再挑戦

エヴァンス氏:ペンデリィン蒸溜所の役員で創設者の一人。ペンデリィンのすぐ隣町のヘロワイン(Hirwaun)でレストラン・パブを経営する。蒸溜所建設の話はこのパブの一角で彼と彼の友人の深夜の会話から始まった。

この空白にピリオッドをうってウェールズのウイスキーつくりに再挑戦した人々がいる。1998年3月の事、ペンデリィンのすぐ隣町ヘロワイン(Hirwaun)のパブで、このパブの経営者のエバンス氏が友人の一人とウイスキーを飲みながらウイスキー談義に花を咲かせていた。ウイスキーがすすむにつれて会話は、“ウェールズはスコットランドやアイルランドと同じケルトの国だ、過去に蒸溜の歴史もある、アメリカではウェールズ人がウイスキー事業を興し成功している、それなのにウェールズにウイスキーが無いのは残念、自分たちで蒸溜所をつくろう"、と発展していった。現在のウェールズ唯一のモルト蒸溜所、ペンデリィン(Penderyn)はこうして始まり、2000年の年末から蒸溜を開始した。

ウェールズのウイスキー - 蒸溜

ブレインズ・ビール醸造所:ブレインズはウェールズ最大手のビール会社で、カーディフ中央駅の駅前にある。ペンデリィン蒸溜所で蒸溜するもろみはこの由緒あるビール工場で醸造される。ロゴの上の赤いドラゴンはウェールズのシンボルである。

ペンデリィン蒸溜所の蒸溜機:右側はもろみを張り込む蒸溜釜で釜上部のネックには還流用の棚が設置されている。蒸発したウイスキーの蒸気は左側の精溜塔で精溜されてスピリッツが取り出される。スコッチと異なり蒸溜は1回である。 (Welsh Whisky Company提供)

ペンデリィン蒸溜所はモルト蒸溜所であるが、そのウイスキーつくりはスコッチのモルト蒸溜所と相当異なっている。まず蒸溜所は仕込と醗酵工程を持っていない。原料は蒸溜用ノン・ピーテッド麦芽であるが、仕込と醗酵はカーディフにあるビール工場で行い、醗酵が終って8%くらいのアルコールを含んだもろみが蒸溜所に運ばれ、蒸溜所では蒸溜、貯蔵・熟成、瓶詰を行っている。

ペンデリィンの製法の最大の特徴は蒸溜方法にある。通常モルト・ウイスキーは単式のポット・スティルで2回蒸溜し、アルコール分70度前後のスピリッツを得るが、ペンデリィンでは1回の蒸溜で約90度のスピリッツを製造する。その仕組みは、まずPot式蒸溜釜でもろみを蒸溜するが、蒸溜釜のネックの部分に6段の精溜棚が設置されていて、ネックの最上部では蒸気のアルコール分は60%になる。この蒸気を更に18段のプレートがある精溜塔の下部に吹き込むと、蒸気は棚を通って上昇して行き最上部では約94%にまで度数が高まる。製品になるスピリッツは塔の中頃から約90%で取出している。

この蒸溜機は、第35章でご紹介したローモンド・スティルが進化した蒸溜機と言える。90度という高い度数で蒸溜されるので製品の風味はすっきりと軽く、デリケートである。1回しか蒸溜しないので、ポットによる2回蒸溜に比べると必要なエネルギーは約40%しか消費しない。この新しい蒸溜機を発明したデヴィッド・ファラデー博士はあの電気分解や電磁誘導の法則を発見した19世紀英国の大科学者マイケル・ファラデーの子孫にあたる。

ウェールズのウイスキー - 熟成と味

ペンデリィン蒸溜所の貯蔵庫:軽い風味のペンデリィン・モルトはバーボン樽で熟成し、仕上げにマディラ酒(中央の白い鏡の樽)の空樽で数ヶ月寝かせる。

製品発売記念レセプション:100年ぶりに復活したウェリッシュ・ウイスキーは2004年3月1日のSt. David Dayに発売された。ウェールズ大候(Prince of Wales)の称号を持つ英国皇太子もお祝いにかけつけてくれた。(Welsh Whisky Company提供)

ペンデリィン・シングル・モルトは軽い風味なので、貯蔵・熟成にはバーボン樽が使われる。熟成の後マディラ酒の空樽で数ヶ月間仕上げ熟成し、冷却濾過しないで46度で製品化される。風味は、軽くてスムース、トフィー、バニラ、乾葡萄のような香り、長い後味等が特徴であるが、バランスが良くて、“ちょっと危険なほど飲み易い"といわれる。100年の空白の後に出来上がったウェリッシュ・ウイスキーは2004年3月1日の聖デヴィッド(ウェールズの守護聖人)の祝日に発売された。発売にはプリンス・オブ・ウェールズのチャールス皇太子も駆けつけてくれた。

ペンデリィンは小さなベンチャー企業で、大資本傘下の立派な蒸溜所にくらべると蒸溜所はお世辞にも立派とはいえない。少ない資本を品質とマーケティングに集中して自分達はベニア板張りの質素なオフィスで懸命に努力している姿をみると、痩せ蛙を応援する一茶では無いが、“頑張れ"と言いたい気持ちであった。事業の近況は、ウェリッシュ・ウイスキーという独自のアイデンティティーと品質が評価され順調とのことである。

1. Penderyn Distillery
2. Brecon Beacons National Park
3. The Thirsty Dragon. Chapter 12 Welsh Whisky. Lyn Ebenezer, Gwasg Carreg Gwalch, 2006.
4. Cletic cousins. Charles MacLean, Whisky Magazine, Issue 44.
5. Welsh Whisky: A Marriage of Tradition and Innovation, James S. Swan, W. D. Rankin and Catriana McCrimmon. Privately supplied information.
6. Celtic Malts (ウェールズのウイスキー史はAlex Kraaijiveld氏が、研究成果をこの自分のサイトのWhisky Journalに4回に亘って掲載されているので詳しくはこちらをご参照ください)