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稲富博士のスコッチノート

第38章 スコッチ・ウイスキーの香味表現 その1.用語とフレーバー・ホイールの開発

へザー(Heather):エリカの仲間の花で、スコットランドの国花の1つ。ハイランドの山野に自生し、8月に花が咲く。花は甘い香りをもち、この花からとれるヘザー・ハニーはウイスキー・リキュール、ドランブイのオリジナル・レシピに使われていた。花の香りは香りグループのアルデヒド様に分類されている。

日本でヒースといわれているヘザー(Heather)はスコットランドを代表する花である。山野に自生するヘザーは夏から秋にかけて咲き、ハイランドの丘を赤紫に染める。その花と、花から採取された蜂蜜は、甘く濃醇な香りをもち「ヘザーの蜂密様(Heather honey)」はよくウイスキーの香りの表現に使われる。ヘザーにかぎらず華やかな花様の香りはウイスキーの魅力の1つである。

基本的に、人間の5感のうち、味覚と嗅覚を数字や客観的な言葉で表現するのは、その他の感覚の視覚、聴覚、触覚に比べて難しいとされている。味覚と嗅覚は、味や香りの成分である化学物質が、味、香りを感じる細胞に付着した時に起こる刺激が脳に伝えられて発生するが、人が感じる味、香り物質の数が多いこと、感じ方は成分の濃度や組み合わせ、個人が生まれてからの生活体験で変わってくるので、多くの食品や酒類、飲料のような複雑な成分を含むものの香味を客観的に計ったり表現することはなかなか困難である。

スコッチ・ウイスキーの基本プロセスは、主原料に麦芽を使用することから始まり、仕込み、醗酵、蒸溜、長年の樽貯蔵と非常に長く、この過程で多数の香味成分が生成する。加えて、モルトやグレーンは蒸溜所毎に微妙に異なる条件の影響が香味に影響し、これらを配合してできるブレンドデッド・ウイスキーの風味は一層複雑である。これらの香味を表現することはなかなか難しく、長年各社は、会社毎に別々の表現を用いて品質を表現していたが、これでは品質に関する相互のコミュニケーションに不都合であった。

香味表現用共通用語の開発

酒類、食品、香料などの品質を表現する用語を標準化する試みは1970年頃から盛んに行われるようになった。同じ頃、スコッチ・ウイスキーについて最初にこの課題に挑戦し、スコッチ・ウイスキー業界が共通して使用する表現用語集(Whisky Terminology)を開発したのは当時エジンバラ市内にあったペントランド・スコッチ・ウイスキー研究所(Pentland Scotch Whisky Research Ltd.)で、スワン博士をリーダーとする化学者2人と、当時抜群の感覚能力を謳われていた2人のマスター・ブレンダーから成る4人のチームが開発に当った。開発はその過程で、業界の生産、ブレンド、研究に従事している多くのスタッフに意見を求めながら次ぎのような手順で行なわれた。

1. ウイスキーの香味に関して、思いつく全ての表現用語をリストアップする。
2. 重複している用語は整理する。
3. 用語は、出来るだけその用語で表される特性をもっている標準サンプル、あるいは化学物質を引用して正確に定義する。
4. 香味の全体的な印象を表す抽象的表現、例えば、“円熟した、荒い、硬い"なども定義しておく。
5. これらの用語を、香味のフループに分類する。
6. ホイール(円グラフ)に纏める。

このようにして出来あがったのが図1に示すフレーバー・ホイールで、開発した研究所の名前を冠してペントランド・フレーバー・ホイール(Pentland flavour wheel)と呼ばれる。現在、このようなフレーバー・ホイールは、ビール、ワイン、コーヒー、香水、チーズ、メープル・シロップなど多数の分野で開発されている。

ペントランド・フレーバー・ホイールの構成

図1:ペントランド・フレーバー・ホイール

ホイールは、ウイスキーを口に含んだ時に感じる全ての刺激を意味するフレーバー(香りと味の両方)を基軸とし、味覚で感じる味の部分と、嗅覚で感じる香りに分類している。嗅覚で感じる香りは、鼻で嗅いだときと、口に含んで呼気を鼻へ抜いた時の両方で感じるが、嗅いで感じる香りをアロマとよんでいる。

次いで、香りを12グループに、味を2グループに分類する。これが第1層(1st tier)であり、香りはホイールの最上部、時計の12時にあたる所から右回りに、鼻への刺激、フェノール様、余溜臭、穀類様、アルデヒド様、エステル様、甘い感じ、木質様、油っぽさ関連、酸っぱい感じ、硫黄様、腐ったような、の12グループに、舌で感じる味覚は、基本味と口内感覚の2グループに分類されている。従って、第一層(基本分類)は14グループになる。

更に、これら第一層のグループは、各グループに含まれるフレーバーの代表的なものをグループごとに3-4例示する。これが第2層(2nd tier)で、このフレーバー・ホイールではホイールの円の外側に記されていて、合計で50のフレーバー例が示されている。

報告書では、第2層の用語を更に展開した第3層の用語126が別表で示されているが、ウイスキーのフレーバーは複雑だし、その感じ方は人さまざまなので勿論これで終わりという訳ではない。最近何人かの研究者が改定版のフレーバー・ホイールを提案しているが、それらには数百の用語が提示されている。以下いくつかの用語の説明を挙げる。

香り用語の説明

穀類様:コーン・フレーク、味付けしていないビスケット類、茹でとうもろこしやパンの香りは穀類様の香りの代表例である。日本人になじみの炊きたてのごはん、糠などの香りがこのグループに入る。(K. Morioka氏 撮影)

フローラル(花様):フラワリー(Flowery)ともよばれる花様の香りは、ザ・マッカランのようなトップ・クラスのスペイサイドモルトがもつ魅力的な香りの1つである。春のグラスゴー植物園の温室は、ヒヤシンス、水仙等の香りで一杯だった。

フルーティー:ここに挙げたリンゴ、オレンジ、バナナ、イチゴ、干しぶどう、洋梨以外にも、パイン・アップル、メロン、梅の実などを思わせる甘い果実香は、よく熟成したウイスキーの大きな魅力になっている。(K. Morioka氏 撮影)

木質様(Woody):コルク栓、削りたての鉛筆、トフィーの甘い香、ジンジャーやマッシュルームの土臭さなどの香りは木質様に分類され、樽材に由来する。(K. Morioka氏 撮影)

第一層フェノール様の下の第2層には、薬品様、ピート様、燻製様が記されている。ラフロイグ(Laphroaig)などのアイラ・モルトの強いピート臭や、ヨードのような香りは薬品様にあたり、このグループにはいる。

穀類様の例は、穀類の加熱臭、野菜の加熱臭、トースト様、麦芽エキス、籾殻様で、ウイスキーの原料の穀類や、穀類が仕込みや蒸溜の工程で加熱された時に生成する香りである。写真の食品の香りを想像していただくと分りやすいが、その他我々日本人に馴染みのごはんの香りはここに分類される。

エステル様に含まれる香りのうちフルーティーは、酒類の香り表現としておそらく最もよく使われていると思われる。その理由は、このグループに含まれる香りの多くを我々が非常に好ましいと感じるからであろう。エステル類は甘い感じの芳香で、ホイールの第2層にフラグラント、果実様、溶剤様を挙げている。このうちフラグラントはその名の通り香水様で、ここはアルデヒド様の花様と重なっている。フルーティーには我々に身近なバナナ、リンゴ、苺、パインアップル等の香りがある。溶剤様はマニキュア落しのような香りである。

木質様はウイスキーの熟成に使われたオーク樽に由来する。新材様は生木の香りで、製材所や削りたての鉛筆の匂いである。材抽出成分由来の香りは、オーク成分が長い熟成中に化学変化をおこして生成した香りで、甘い香りのヴァニラ、コルク栓、パラフィン(蝋)等の香りである。不良な樽やコルク栓が使用された場合は、酸っぱい感じ、黴臭、蒸れ臭などが付着するが、品質管理が行き届いている最近では製品に発生することはほとんどない。

硫黄化合物を含む化合物は独特の硫黄様の匂いを発することが多い。第3層には、キャベツの煮汁、ゴム様、石炭ガス、どぶの臭気等‘むっとする'感じの匂いが提示されている。茹卵やひどい場合は腐った卵、我々日本人に馴染みの深い硫黄泉の温泉や、ねぎ、乾燥酵母の匂いなどもこのグループにはいる。醗酵由来の硫黄化合物は、蒸溜工程での銅との反応や、熟成中に酸化してほとんど除去される。以前は、シェリー・ウッドで熟成したモルトの中に強い硫黄様の匂いを発するものがあったが、これはシェリーを詰める前の新樽をシェリーの醗酵に使用し、醗酵後の樽の殺菌に樽の中で硫黄を燃やしたのが原因である。今はウイスキー用のシェリー樽は、シェリーを詰める前の醗酵を行なわないものが多いので、シェリー樽由来の硫黄臭はほとんどなくなった。硫黄様はマイナスの要素もあるが、ウイスキーの香味に複雑性や厚みを付与しているプラス面もある。

味用語の説明

味の第一層は基本味と口中感覚に分れる。

基本味の第2層には甘味、酸味、塩味、苦味が含まれ、甘味は砂糖、酸味は酢やレモンの酸味、塩味は食塩、苦味はコーヒーの苦味が第3層の参考物質である。

口への刺激を感じる口中感覚の第2層には、‘口中を被う感じ'、収斂味と‘口中が温かくなる感じ'が含まれる。‘口中を被う感じ'は、口内に油やクリーム、ミルクの膜がべったり張ったような感覚が、収斂味は樽材由来のタンニンで、渋茶や渋柿を口に入れた時の渋み、‘口が乾いたような'、‘粉っぽい'が含まれる。‘口中が温かくなる'は‘口内がチクチク'したり‘熱く感じた'時の表現である。

用語とホイール使用目的

このホイールと用語集の開発の目的は、スコッチ・ウイスキー業界が業界の中で統一された意味合いの用語を決め、品質を正しく表現し、相互のコミュニケーションに誤解がないようにする為であった。あるウイスキーのサンプルのフレーバー特性をホイールに沿って、時計廻りにチェックして行けば見落としもなくなるし、感じた強さをスコアにすれば定量化も可能である。

使用者は、まずスコッチ・ウイスキーの研究、生産、ブレンドに携わるメンバー、いってみればプロであることが前提になっていること、次いで対象とするウイスキーもモルト、グレーンのニュー・メイク(New make=蒸溜したてのスピリッツ)から、熟成中のウイスキー、ヴァティングやブレンドされた中間製品、最終の製品までをカバーするように意図されている。製品となったウイスキーにはほとんど発生しない香りの、余溜臭、不良材臭、硫黄様、‘腐った感じ'等が含まれているのはこの為である。ペントランド・ホイールは、品質にかんするコミュニケーションの向上を通じて技術や品質の向上に大きな役割を果たしてきたし、さらに精緻な改良版も開発されている。

一方、最近のようにウイスキーの品質を消費者向けに説明することが大切になってくると、これら専門家向けの語彙やホイールは必ずしも最適とは言い難く、消費者向け(Consumer friendly)の用語とホイールの提案もされている。これらの使用事例は次回に紹介させていただく。

1. Beer falvour terminology. Meilgar, M. C., Daigliesh, C. E. and Clapperton, J. F., J. Institute Brewing 85, 38-42, 1979.
2. The flavour terminology of Scotch Whisky. Shortreed, G. W., Rickards, P., Swan, J. S. and Burtles, S. M. Brewersユ Guardian, November 1979.
3. Lee K. Y. M., Paterson, A., Piggot, J. R., Richardson, G. D. Origins of flavour in whiskies and a revised flavour wheel: a review. J. Institute Brewing 107, 287-313、2001.
4. 『味と香りの話し』栗原堅三 岩波新書563 1998
5. Calluna [Wikipedia-The Free Encyclopedia]
6. Flavor Wheels of the World