写真1.ハイランドライン:写真右側を伸びている国道91号線が、スコッチウイスキーで定義されているローランドとハイランドの境界線のハイランドラインの一部で、道路の右側がローランド、左側がハイランドである。左側の山脈はオキール・ヒル(Ochil Hill)で麓をハイランドラインに沿って断層が走っている。
現在、スコッチウイスキーを規制している法律は、2009年に制定された「スコッチウイスキー規則2009*」(The Scotch Whisky Regulations 2009)である。その内容は多岐に亘っているが、その内のスコッチウイスキーの定義とその種類、スコットランドで製造できるウイスキー、バルク輸出の規制に関しては前回に述べた。この規則の特徴は、更に踏み込んで、ウイスキーが蒸溜される産地の地区(Locality)と地域 (Region)の正確な線引き、ラベル表示の規則、法の執行権限等も具体的に定めていることである。今回は消費者にとって最も関係の深い産地とラベル表示に関する規則について述べる。
原産地呼称 (Geographical Indication)
スコットランドで、英国の法律に従って製造されたスコッチウイスキーの呼称は、WTO(世界貿易機関)のTRIPS(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights=知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)とEUの「蒸溜酒の定義や提示に関する規則」*で承認され、保護の対象となっている。そのスコッチウイスキーのスコットランドの中の産地による区分は、18世紀後半に税率の違いでローランドとハイランドに分けられたことに始まったことは拙稿第92章で触れたとおりである。
モルトウイスキーの産地が品質との関連で語られるようになったのも、ほぼこの頃と思われる。スコットランド中、広く作られていたウイスキーだが、そのなかでまず名を馳せたのはグレンリベットで、その名は広くイングランドまで知られていたようである。このことは、1822年にエジンバラを訪問した英国王、ジョージ四世が(ザ・)グレンリベット(当時は密造酒である!)を特に所望したことからもうかがえる。グレンリベット地方の多くの蒸溜所が、グレンリベットの名声にあやかろうとしてグレンリベットを名乗るようになったが、このことは、市場でもこの地域のウイスキーの品質は高く、また固有のスタイルを持っていると認めていたことにもよると思われる。
19世紀後半にブレンデッド・ウイスキーの市場が拡大すると、ブレンダーやブローカーがモルトウイスキーの取引をするようになった。ローランド(Lowland)、ハイランド(Highland)、アイラ(Islay),キャンベルタン(Campbeltown)の4つの分類は、ブレンダーのような業界仲間が取引に際して品質のスタイルを表す基準として使い始めたものである。スコッチ・シングル・モルトが一般消費者向けの商品として普及したのは1970年以降のことであり、シングルモルトの地理的表示の規則が、業界と消費者保護の観点から必要となったのはごく最近のことといえる。
図1.スコッチウイスキーの産地:各地域は、ローランド(グリーン)、ハイランド(イエロー)、スペイサイド(ブルー)、アイラ(ピンク)とキャンベルタン(空色)で表示されている。(出展:スコッチ・ウイスキー・テクニカル・ファイル)
この地図(図1.)は、2009年のスコッチウイスキー規則で規定されている産地の5地域を示している。この法律では、従来は慣行的に用いられていた各産地の範囲を具体的に明示した。その方法は、アイラはアイラ島全部、キャンベルタンとスペイサイドは選挙区の区割りと同じ、ローランドとハイランドの境界のハイランドラインは、西は北アイルランドとスコットランドの間の北海峡から発して、東はテイ湾北岸が北海に至るまでの100㎞以上の長さがあるので、その間の要点を結ぶ線をハイランドラインとして設定した。
2009年のスコッチウイスキー規則では、商品のラベルに表示すべき事項に関しても、「重量、容量と包装に関する法律*」と並んで定めがある。下記の二つの実例(図2.)をご覧ください。
図2.ブレンデッド・ウイスキーBallantine’s 17年(上)とシングルモルト・ウイスキーThe MACALLAN 12年のラベル表示。正面ラベルに表示されている6つの主要事項は、スコッチウイスキー規則、英国の計量法、EU令によるものがある。
◯ 1のブランド名と3のロゴは、規則による表示義務はないが、メーカーとしては当然表示するものであろう。Ballantine’s 17年のロゴは、1938年にスコットランドの紋章院が認可し、正式登録されているBallantine社の紋章(Coat of Arms)である。中央に配置されている楯には、ウイスキーつくりの4要素、大麦の束、水、ポットスティルと樽が描かれ、下にはBallantineのモットーがラテン語で’Amicus Humani Generis’(意味は‛全人類の友‛)と書かれている。
The Macallan 12年のロゴは、イースター・エルキース・ハウス(Easter Elchies House)である。1700年に、当時の荘園主の館として建てられた。マッカラン蒸溜所が建設されたのは1824年なので、イースター・エルキース・ハウスはその120年以上前からこの48万坪もある広大な敷地の守り神として鎮座し続けていることになる。マッカラン蒸溜所が、’魂の故郷(Spiritual Home)’としているのも共感できる。
◯ 2のウイスキーの種類は、スコッチウイスキー規則による表示義務があり、この商品がスコッチウイスキー規則に定めるスコッチウイスキーの定義によって製造されたウイスキーであることと、5種類**のスコッチウイスキーのいずれに該当するかを表示する。Ballantine’s 17年の場合はBlended whiskyであること、The Macallan 12年はSingle maltであることを表記している。加えて、The Macallan 12年の場合は、蒸溜所の所在地が地理的表示として認められている5つの地域の内のHighlandにあることが記されている。
◯ 4の熟成年数は、義務表示ではないが表示する場合のルールが規定されている。年数は満年齢であること、製品の中味が熟成年数の異なるウイスキーで構成されている場合には、最も若いウイスキーの年数のみを記入する。例えば、8年物、12年物と15年物が混和されている場合、表示される年数は8年となる。満年齢の代わりに、蒸溜年(よくヴィンテージいわれる)と瓶詰された年を表示することも認められているがこの場合は、表示できる年は一つだけ、中味のすべてが同じ年に蒸溜されていること、瓶詰めされた年または熟成年数を併記すること、消費者が年数と誤認しやすい他の数字をラベルに書くことは違反と定められている。
◯ 5の、製品のアルコール度数は、容量パーセント(%)で書く。このBallantine‘s 17年の製品のアルコール度数は43%、容量は700mlなので、この製品1本中には301ml (700ml x 0.43) の純アルコールが含まれることになる。同様に、このThe Macallan 12年に含まれているアルコール分は280mlである。
◯ 6は既出の製品の容量で、Ballantine’s 17年には70clと書かれている。clはセンチリッター(centiliter)の略で、センチは1/100なので、1センチリッターは1リッター(1,000ml)の1/100で10ml、70clは70 x 10 = 700mlである。 The Macallan 12年の内容量は、メートル法の700mlと表示されている。この内容量は、スコッチウイスキー規則ではなく、「重量、容量と包装に関わる法律」*で規制されている。
尚、英国内では、バーやレストランで販売される酒類の容量に関しても上記法律の中で定められている。すなわち、
・ワインは125mlか175ml、および125mlか175mlの倍数
・ポート、シェリーとその他の酒精強化ワインは50mlか70ml、および50mlか70mlの倍数
・ジン、ラム、ウオッカとウイスキーは25mlか35ml、および25mlか35mlの倍数。 ただし店ではどちらの容量で提供するか一つに決める必要があり、混用は許されない
・ビールとサイダー(リンゴ酒)は、1/3, 1/2, 2/3 パイントか1パイント、および1パイントの倍数である。
これらの計量は、検定されたメジャーとビールの場合は検定された容器に指定のラインまで注ぐ必要があり、量目不足で提供した場合は営業免許停止という厳しい処分がある。消費者にとっては、支払ったお金に対して、決まった量を提供されるので安心である。