かって、正式にライセンスを取得して操業した蒸溜所だけで220を超え、スコッチウイスキーの産業化に多大の貢献をしたローランド・ウイスキーだが、その後生産の主力はグレーン・ウイスキーに移り、モルトで現在操業しているのは3ヵ所* を残すだけになった。その3蒸溜所を紹介する。
かって、正式にライセンスを取得して操業した蒸溜所だけで220を超え、スコッチウイスキーの産業化に多大の貢献をしたローランド・ウイスキーだが、その後生産の主力はグレーン・ウイスキーに移り、モルトで現在操業しているのは3ヵ所* を残すだけになった。その3蒸溜所を紹介する。
オーヘントッシャン(Auchentoshan)蒸溜所
オーへントッシャン蒸溜所:グラスゴー市を少し西に出たダルミュアー(Dalmuir)にある小さな蒸溜所。近年、場内、見学コース、ビジター・センターが整備され、グラスゴーから行くのに至便ということと相まって見学者が多い。
オーへントッシャン蒸溜所の蒸溜室:この蒸溜所の最大の特徴は3回蒸溜することにある。右から、初溜釜(Wash still)、中間蒸溜釜(Intermediate still)、再溜釜(Spirit still)である。
グラスゴーから西へローモンド湖に向かうA82号線を車で20分くらいの所にあり、グラスゴーから最も近いモルト蒸溜所である。1817年の創業で、史上オーナーは何回か変わったが、現在はモリソン・ボウモア社の傘下にある。蒸溜所の所在地はローランドだが、仕込水の水源は名水で知られるハイランドのカトリン湖(Loch Katrine)である。
この蒸溜所の最大の特徴は、なんといってもスコットランドで唯一ローランドの伝統である3回蒸溜法を踏襲していることである** 。通常の2回蒸溜以上に蒸溜を重ねる場合多くの変法があるが、ここオーヘントッシャンの方法は次の通りである。
1.第1回目の蒸溜は, 通常の2回蒸溜と同じで、初溜釜(Wash Still)でもろみのアルコール分を全部流出させてアルコール分20-21%の初溜液(Low wine)を生成する。
2.第2回目は中間蒸溜釜(Intermediate Still)を使い、溜分を蒸溜前半に溜出する前溜と、後半に溜出する後溜の2区分に分ける。前溜区分は第3回目の蒸溜にかけられるが、後溜は初溜液に合併して次回の第2回目蒸溜で再度蒸溜される。
3.第3回目のスピリット・スティル(Spirit Still)での蒸溜では、前溜と後溜はカットして次回の第3回目蒸溜に回され、中溜区分だけが製品となる。通常の2回蒸溜による原酒のアルコール分が約 70%なのに比べて、3回蒸溜されるオーヘントッシャンの原酒のアルコール分は約82%である。
もろみのアルコール分が7-8%なので、3回蒸溜によりアルコール分は10倍以上に濃縮され、香味性分は精溜されて全体的な風味は非常に軽く仕上がっている。
オーヘントッシャンの代表的なシングルモルト10年は、ソフトな口当たり、ややスパイスやレモン様、麦芽飴、バニラのフレーバーあり、これらのフレーバーがゆっくり消えてゆく後味は快い。
ブラドノック(Bladnoch)蒸溜所
ウィグタン(Wigtown)の町のスクエアー:非常に綺麗な町である。古本の町として有名。向こうに見える家並みには古本屋が軒を連ねている。1軒古新聞を扱っている店もあり、店頭には日本軍の真珠湾攻撃の第一報を掲載したニューヨーク・タイムス紙が展示されていた。
ブラドノック蒸溜所:1817年建設のクラシックな蒸溜所でウィグタン川のほとりの田園の中にひっそりと建っている。ここでは、水も空気も時間もゆっくりと流れていた。
ブラドノック蒸溜所のキルン:蒸溜所には19世紀前半に建てられた典型的なパコダ型のキルンが良い状態で保存されている。現在は麦芽は外注しているのでこのキルンは使われていない。
スコットランドで最も南にある蒸溜所である。蒸溜所のあるダンフリース・ガロウェー(Dumfries and Galloway)地区は、スコットランドの最も南西に位置し、西はアイルランド海峡に面し、南側ソルウェー(Solway)湾の対岸はイングランドである。地区の議会は詩人ロバート・バーンズゆかりの町ダンフリース(Dumfries)におかれている(スコッチノート第30章「自由とウイスキー」参照)。蒸溜所はそのダンフリースの西90km弱、グラスゴーから車で行くならダンフリースを経由しないで77号線と714号線を南下する。距離約 150km、2時間あまりでウィグタン(Wigtown)の町に着くが、蒸溜所はこの町のすぐ郊外にある。ウィグタンは人口1000人ほどの瀟洒な町で、古書の町として有名で多くの古書店が軒を連ねている。
蒸溜所は1814年の創業。オーナーは何度か変わり、その中にはインバーハウス(Inverhouse)社、アーサー・ベル(Bell)社、UD(ユナイテッド・ディスティラー=United Distillers)社などの大手も含まれていたが1993年UD社により閉鎖された。その後、現オーナーのアームストロング氏が買い取り2000年から操業を再開している。ブラドノック河畔に建つ蒸溜所は、背後に牧場が広がり、伝統的で優雅な佇まいである。一回の仕込麦芽量5トン、木桶発酵槽6基、ポット・スティル2基の中小型蒸溜所である。ブラドノック・モルトの品質はローランド・モルトのトップ・クラスと言われ、豊かなフルーティー、レモン、ママレード、トースト様などの複雑なフレーバーと味わいをもつ。
蒸溜所はウイスキーつくりだけでなく、そのゆったりした敷地や既存の施設を活用してウイスキー・スクール、音楽ライブ、映画、結婚式場、キャンプ場など幅広いサービスを提供している。1、2日都会の喧騒から離れてウィグタンの町で古書店を巡り、蒸溜所で旨いウイスキーを飲み、人影もまばらなソルウェーの海を眺めるとゆったりした心が蘇るに違いない。
グレンキンチー(Glenkinchie)蒸溜所
グレンキンチー蒸溜所の蒸溜室:初溜釜1基、再溜釜1基でともにランターン型のヘッドを持つ。初溜釜(手前)は21,000リットル、再溜釜(奥)は 17,000リットルで、どちらもスコットランドで最も大きい部類に属する。加熱は蒸気、右の壁の外にあるコンデンサーはワームでケースは四角の鋳鉄製のタンクである。
グレンキンチー蒸溜所は、スコットランドの首都エジンバラの東、穀倉地帯として有名な東ロジアン(East Lothian)のペンケイトランド(Pencaitland)村にある。エジンバラから車なら30分程度だが、蒸溜所は標識の少ない田舎道の奥なので少々分かりにくい。蒸溜所の周囲は一面麦畑である。
1837年の建設。何回か所有者が代わった後に1925年からDCL(現UDV=ディアジオ)傘下に入った。場内を流れる小川、入り口横にあるよく手入れされたボーリング・グリーン、レンガ作りの建物など明媚で風格のある蒸溜所である。製造工程も極めてクラシック、仕込槽1基、木桶発酵6基、蒸溜釜は初溜、再溜各1基、コンデンサーは古いタイプの蛇管式を残している。
ヘイグ(John Haig & Co.)社がライセンスを持ち、ヘイグのブレンデッド・ウイスキーの基酒であるが、近年シングルモルトとして知名度が高まっている。10年ものグレンキンチー・シングルモルトは、軽めのボディー、フレッシュな青草やレモンのアロマ、甘い感じのウイスキーである。
新ローランド・モルト蒸溜所
現在操業しているローランド・モルトの蒸溜所は比較的小型の4蒸溜所だけであるが、現在グレンフィディック(Glenfiddich)、バルヴィニー(Balvenie)を所有しているウイリアム・グラント社が同社のグレイン・ディスティラリーがあるガーヴァン(Girvan)に大型のモルト蒸溜所を建設中である。これに、前回第40章でご紹介したアナンデール(Annandale)が再建されると全部で6蒸溜所になる。モルトの魅力はその多様性にあるので大いに歓迎である。
ローランド・モルトの品質特性
長年、ローランド・モルトはハイランドや島々で出来るモルトに比べて、非個性的、軽い、ソフトだが魅力に乏しい、という評価を受け続けた。しかし今回紹介した3蒸溜所の例からもこのローランド・モルトに対するネガティブな見方は謂われないと言わざるを得ない。良質の原料を使い、優れた設備で入念に作られればローランドでもトップクラスのモルトが出来るのである。グラント社がローランドに大型のモルト蒸溜所の新設を決定したのも、ローランドという地理的要因が品質の決め手では無いという判断があるからと思われる。
1. Hume, John R. & Moss, Michael S., The Making of Scotch Whisky, Canongate Books Ltd., 2000.
2. Udo, Misako, The Scottish Whisky Distilleries, Black & White Publishing, 2007.
3. Smith, Gavin D. A to Z of Whisky.
4. Scotch Whisky - Auchentoshan
5. Bladnoch Distillery
6. Glenkinchie:The Edinburgh Malt Whisky Tour
7. Warm glow runs through whisky - Financial Times (London); 08 October 2007; ANDREW BOLGER; p.26
*この3蒸溜所に、第33章「ニューディスティラリー・チャレンジ」で紹介した ダフトミル(Daftmill)を加えると4蒸溜所になる。
**本稿下記で述べるブラドノック蒸溜所、キャンベルタウンのスプリングバンク蒸溜所、アイラのブルィッヒラディッヒ蒸溜所は主力製品とは別に少量の2.5回や3回蒸溜の製造を行っている。