オークニー島の蒸溜所について話す際には、この蒸溜所を外す訳にはいかない。ハイランド・パーク(Highland Park)蒸溜所である。マッカラン蒸溜所と同じエドリントン(Edrington)が所有している。
オークニー島の蒸溜所について話す際には、この蒸溜所を外す訳にはいかない。ハイランド・パーク(Highland Park)蒸溜所である。マッカラン蒸溜所と同じエドリントン(Edrington)が所有している。
1.ハイランド・パーク蒸溜所ゲート:1798年の創立とある。創立の定義が難しいがスコットランドの蒸溜所のなかでも十指に入る古い蒸溜所である。
すこし前置きが長くなる。現在のエドリントンの歴史的経緯はすこし複雑であるが、大きくは二つの会社が関わっている。一つは、ロバートソン・アンド・バクスター(Robertson & Baxter)で、起源は1850年にウイリアム・ロバートソンがグラスゴーでウイスキーのブローカーを始めた時にさかのぼる。1861年にはロバートソン・アンド・バクスターとなり、この世紀の後半に保税倉庫、ブレンド、瓶詰め、樽工場などをグラスゴー郊外に整備していった。1936年にはロンドンのワイン・スピリッツ・マーチャント、ベリー・ブラザーズ・アンド・ラッド(Berry Bros. & Rudd)のブランド、カティ―・サーク(Cutty Sark)の独占供給会社になっている。1961年に、創業者から3代目の三姉妹、アグネス(Agnes)とエセル(Ethel)、エルスぺス(Elspeth)は、受け継いできたロバートソン・アンド・バクスターの資産をエドリントンの下に統合し、同時に慈善事業団体ロバートソン・トラストを設立して自分たちのエドリントンの持ち株を寄付した。ロバートソン・バクスターの独立性を保ち、以前から行っていた、スコットランドの人々やコミュニティーの生活の質の向上と可能性の実現の為に資金を提供する、という理想を継続する為であった。この財団はエドリントンからの配当を原資として、現在までに累計で3200億円を寄付している。
もう一つの会社は、1887年にアイラのブナハーブン(Bunnahabhain)蒸溜所とロセスのグレンロセス(Glenrothes)蒸溜所が合併して創立されたハイランド・ディスティラリーズ(Highland Distilleries)である。以後、グレングラッサー(Glenglassaugh)、タムデュー(Tamdhue)、1937年にはハイランド・パークを傘下に収めた。ハイランド・ディスティラリーズはロバートソン・バクスターへ原酒を供給し、両社は株式を持ち合い、同じビルに居を定める等、極めて緊密な関係を構築していった。ハイランド・ディスティラリーズは1970年にパースのブレンダ―でブレンデッド・ウイスキー フェイマス・グラウスのオーナーのMatthew Gloag & Sonを買収、1996年にはマッカラン蒸溜所の株式の大半を取得し、モルト・ウイスキーの蒸溜会社として業界の大手に発展した。
1999年にエドリントンはハイランド・ディスティラリーズの株式70%を取得し傘下に収める。会社名はハイランド・ディスティラーズ(Highland Distillers)、残り30%の出資者はウイリアム・グラントである。
ハイランド・パーク蒸溜所の歴史
2.セント・マグナス大聖堂:1137年にヴァイキングのロンバルド伯爵が着工し以後300年かけて現在の形が出来上がった。密造時代、大聖堂は密造酒の恰好の隠し場所で、祭壇や説教台の下、壁の裏等に多くの樽が隠されていたという。純朴な参詣者は知らないまま密造ウイスキーに向かって祈りを捧げた。(写真提供:勝木裕一朗氏)
オークニー諸島の州都、カークウォールの郊外にあるこの蒸溜所は、スコットランドで一番北にある蒸溜所である。ハイランド・パークのウェブサイトによると、ここで蒸溜を始めたのはマグナス・ユンソン*(Magnus Eunson)といわれている。彼は、昼間はカークウォールのセント・マグナス大聖堂の庶務を担当していた地方役人、夜は稀代の密造業者であった。彼が如何にして密造の取締官を出し抜いてきたか、その知恵にはたまげるようなエピソードが紹介されているがここでは割愛する。皮肉なことに、1816年にハイランド・パークの地所を取得して蒸溜所のオーナーになったのは、ユンソンを捕まえに来た取締官のジョン・ロバートソンであった。
1826年には正式に蒸溜免許を取得、1895年にはザ・グレンリベットのジェームス・グラントがハイランド・パークを買収し3年後には蒸溜釜を4基に増設した。現在のエドリントンとの関係が始まったのは1937年で、この年ハイランド・ディスティラリーズが所有者になっている。
現在の製造工程
現在の製造工程の概略は次の通りである。蒸溜所のモットーは「伝統の守護者」で、出来るだけオークニーにおけるウイスキー造りの伝統を守ろうとしていることがうかがえる。
■製麦
伝統の保持という点で蒸溜所が最も力を入れているのが製麦工程である。今でもフロアー・モルティングを残している6蒸溜所**の一つであり、極力オークニー産の大麦やピートを使用する。
ピートは、その地域に生育している植物質が数千年以上に亘って堆積・炭化して出来るものなので、その品質は場所や地表からの深さによって大いに異なっている。ハイランド・パークのピート源は、蒸溜所から7マイルほど離れたホビスター・ヒルで、丘を覆っているブランケット・ピートといわれるタイプである。そのピートの品質は、アイラのラフロイグ蒸溜所のピートのように窪地や谷底に堆積し炭化の進んだ深い地層から掘り出され、燃やすとタール様の重厚な風味を与えるピートと、スペイサイドのトミントールのように表層に近いミズゴケとヘザーが炭化したフローラルなアロマを生じるピートとが混じっているとされている。ピートの切り出しは毎年4月から7月にかけて4人の作業員が機械掘りで約300トンを掘り出している。
3. ピートの貯蔵庫:ピートは塊と粉塵が混じっているが、これはピートを熱源としてどんどん燃やすのではなく、煙がよく出るように燻して麦芽にピート香を着けるのに都合が良い。
モルティング・フロアーは、Y字型に二つに分かれているが、合計1バッチ当り15トン、7日間発芽。8時間毎に芝刈り機を思わせる電動の攪拌機で麦層をひっくり返して発芽に伴って発生した炭酸ガスを除き、温度を下げ、麦に酸素を与え、伸びてきた根っ子が絡まらないようにする。発芽が終了するとキルンに上げて乾燥させる。乾燥は2日間サイクルである。最初の20時間はピートだけを燃やして60℃以下で乾燥し、次の18時間はコークスに切り替えて65℃で乾燥させる。一回当たりピート約2トンとコークス約1トンが必要である。乾燥の終わった麦芽は根っ子を取り除いてサイロで保管する。フロアー・モルティングによる自家製麦は蒸溜所が必要とする麦芽の約20%。残り80%は英本土の製麦工場から購入している。
4.ハイランド・パーク蒸溜所のキルン内部:写真はピート乾燥の期間の様子で、ピートの煙成分が麦芽に付着しやすい麦芽の水分が25%以上の時に行う。水分が盛んに蒸発しているので、キルンの中はむっとしている。乾燥麦芽のフェノール分は約20ppm(麦芽1㎏当り20㎎)である。
■仕込み 発酵 蒸溜
仕込槽はセミ・ラウター式で、一回の仕込み量は麦芽6.4トンである。原料麦芽は自家製麦の麦芽20%と購入麦芽80%を混合して使用する。仕込みのサイクル・タイムは約5時間で、29,000リットルの麦汁を発酵槽に送る。発酵槽では送られてきた麦汁の温度が適温であることを確認し、比重計で濃度を測り麦汁中のエキス分を測定する。これは仕込みでのエキス分の回収率が正常であったか、また得られたエキス分から発酵によるアルコール分の生成量が予測出来るので、実際に発酵後に得られた醪のアルコール分と比較して発酵が正常に行われたかを管理するのに利用する。発酵槽は一基当たり張り込み量29,000リットルの木桶発酵槽が12基。イーストはマウリ(Mauri)社の蒸溜用酵母を使用し、発酵時間は約56時間である。
5.木桶発酵槽と麦汁の比重測定:麦汁中のエキス分には麦芽から抽出された糖分、アミノ酸、ビタミン、ミネラル等が含まれ、酵母はこれらの成分を発酵してウイスキーのスピリッツに変える。成分が多いほど麦汁の比重が重くなるので、写真のように麦汁中に浮秤を浮かべ、目盛を読み取ることで比重を量り、麦汁中のエキス分を測定する。
蒸溜は、張り込み量14,500リットルの初溜釜が2基、サイクル・タイムは約5時間。再溜釜は張り込み量7,660リットルの再溜釜が2基で、一回の蒸溜に7-8時間を要する。加熱は蒸気加熱で、コンデンサーはシェル・アンド・チューブ式。年間蒸溜能力は2,500キロリットル・アルコールである。自家製麦の麦芽のフェノールは高いが、混合使用している購入麦芽はノン・ピーテットなので、スピリッツは‘ややピーティー’といったところである。
6.ハイランド・パーク蒸溜所の蒸溜室:蒸溜室内は撮影禁止だが、入口のドアの外からなら撮って良いと言われて撮ったもの。アングルが良く具合よく全景が収まった。ポット・スティルの形は典型的なスペイサイド型である。
■熟成
蒸溜所は貯蔵能力約45,000丁の大きな貯蔵庫を保有しており、蒸溜されたウイスキーの大半を貯蔵することが出来る。樽は、シェリー樽約80%、バーボン樽約20%を使用する。シェリー・ウッドを使用したオークニーの寒冷な環境での貯蔵では蒸発欠減が極めて少なく、年間2%以下という。シェリー樽はドライ・オロロソを熟成させた後の空樽で、ウイスキーにドライ・フルーツ、ナッツ、微かな硫黄臭、タンニンの味わいを、バーボン樽は甘いバニラとクリーミーな香りを与える。シングルモルトはミディアム・ボディーでバランスが良く、重層的な複雑さとうま味が特徴である。
7.ハイランド・パーク蒸溜所の貯蔵庫:見学者が案内されるダンネージ(輪木積み)貯蔵庫。昔からの貯蔵方法で、貯蔵庫内は舗装していない露地のままである。その露地に木製のレールを並行して置いて樽を並べ、その上にまた輪木を乗せて樽を積んでゆく貯蔵法。高さは3段か4段が限界である。暗く幻想的な雰囲気のなかでシェリー樽が眠っていた。
蒸溜所は、最北の辺鄙なオークニーにあって年間の見学客が約30,000人という人気蒸溜所である。地理上、北欧や北ヨーロッパからの見学者が多い。大きな観光船で一度に何百人も訪問者があるので対応が大変だそうだが、オークニーにやってくる観光客はハイランド・パークの見学を楽しみにしているので、全力で対応しているそうである。
参考資料
1. https://edrington.com/our-company#submenu-about-us
2. https://scotchwhisky.com/whiskypedia/5892/highland-distillers/
3. https://highlandpark.co.uk/keystones/
4. http://www.thisismoney.co.uk/money/news/article-1577442/Highland-snapped-up-for-163600m.html
5. http://www.whiskyforeveryone.com/whisky_distilleries/scotland/highland_park.html
*この時代のことはよくあるように、歴史的事実はちょっと曖昧である。権威あるスコッチ・ウイスキーのサイト、scotchwhisky.com ではDavid Robertsonとされている。
**現在、蒸溜所内でフロアー・モルティングを行っているのは下記の6蒸溜所である。Highland Park, Ben Riach, Balvenie, Springbank, Kilchoman, Bowmore, Laproaig.