草木をしっとり濡らす小雨は、スコットランドの名物だ。“スコッチ・ミスト”と名付けられたこのやわらかな霧雨は、古色を帯びた岩々の表面を洗い、肥沃な大地へとしみ込んでいく。地下深くに出来た流れは、やがて清冽な泉となって湧きだし、ほとばしる渓流となってウイスキーづくりの大きな原動力となっていく。
バランタインには、スコットランドの4つの地域から多様なモルトウイスキーが選ばれている。そして、それらのフレーバーの形成には、それぞれの地域固有の水が影響を及ぼしている。スコットランドの水はほとんどが軟水、いわゆるカルシウムやマグネシウムが非常に少なく、味にクセがなく飲みやすいのが軟水の特長であるが、スコットランドでは狭い地域内でも水質に驚くほどの差があるのである。
水はいつの時代も、場所によって性格の異なる神秘的な自然要素とみなされてきた。
こんな実話がある。今から100年ほど昔、ある男がライバルの蒸溜所を追い落とすため、職人を自分の蒸溜所に引き抜いた。そして、ライバル社とそっくりの蒸溜器をつくり、同じ樽に詰めて寝かせた。しかし、出来上がったウイスキーはライバル社とは似ても似つかぬ味だったという。良質な水とウイスキーづくりとは、切っても切れない関係にあるのだ。
紋章の最初に描かれた大麦は、汲みあげられた清流と蒸溜所内で出会う。粉砕した麦芽に温水を加えてよくかき混ぜると、麦芽内のデンプンが酵素のはたらきで分解され、糖分へと変わる。こうして作られた甘い麦ジュースを「麦汁」と呼ぶ。
発酵槽に麦汁を満たし、酵母を加えると、発酵が始まる。酵母はひとつの大きさが5~10ミクロンの微細な生き物。酵母が麦汁の糖分を分解することでアルコールや芳香成分、炭酸ガスがつくられる。きれいな白い泡をさかんに立たせながら、酵母は酒を醸していく。こうして出来たアルコール度数6~8度の醸造酒を「ウォッシュ」と呼ぶ。発酵槽から取りだされたウォッシュは、銅製のポットスチル(蒸溜釜)へと送られていく。