水の神秘性と並んで語られるのが、ポットスチルの謎である。その形状や大小、加熱法が酒品質に大きな影響を与えるため、何世紀にもわたってどんなポットスチルが最高のウイスキーを生むかについて、さまざまな議論が行われてきた。
ポットスチルを使った蒸溜法自体は、中世の錬金術の時代からほとんど変わっていない。醸造酒であるウォッシュを銅製の大きな釜で沸騰させ、取り出した蒸気を再度冷やして凝縮させる。ただそれだけである。しかし、単純な作業にもかかわらず、スチルの大きさや形の違いは味に大きな違いをもたらす。
蒸溜所の職人たちは、スチルのくぼみやクモの巣までをも神聖視していた。老朽化したポットスチルを新しいものに取り替える際、味わいに変化が起きぬよう、古いものについたくぼみまで同じように再現したほどである。
スコットランドでは、蒸溜所毎にさまざまな形のスチルが使われている。ずんぐりしたもの、スリムなもの、大きなもの、小さなもの、千差万別である。
昔から「ネックが長いほど味わいは軽くなる」と考えられてきた。気化したアルコールに含まれる不純物が、ネックで冷却される前に釜に戻るので、より純度の高いウイスキーになるという理由だ。
しかしそれでは、ネックの短いポットスチルを使う蒸溜所からすっきり味のモルトが生まれることの説明がつかない。
あるスチルマン(蒸溜係)はこう語る。「ウイスキーづくりの面白さは、結果を完全には予測できないところにあるんだ。大麦や酵母といった有機物を扱うし、職人の実力なども大きく物を言う。高価な分析装置を使って科学者がいくら研究しても、やっぱりわからないところがあるのさ」。バランタインの奥深い味わいは、現代の科学でも解明できないさまざまな要素からきているというのは確かだろう。
大麦と清流とが一つになり、ポットスチルによる錬金術が行われた。あとは若いウイスキーが琥珀色に熟成するのを待つばかりである。